1番に伝えたかった話



うめめスマホ鳴ってるー!
「はーい!めめありがとう!」

SnowManのめめこと目黒くんが緩く弧を描くように投げてくれたスマホは見事私の手の中に入ってきた。
ちょっと離れた位置にいても、急に振り返っても、こうやってタイミングよくキャッチできるのはこの光景が初めてじゃないからだ。
滝沢歌舞伎ZERO2022の準備は着々と進んでて、毎日のようにめめや涼太くんと衣装の打ち合わせが入っているし、滝沢くんを含めた事務所の人からしょっちゅう電話がかかってくる。
愛用してるiPadもペンも落とさないように気を付けながらブーブー鳴ってるスマホを見たら、電話をかけてきたのは思ってもいない予想外の人物で目を見開いた。
私がこの時間に仕事してるって知ってるはずなのに、かけてくるなんて珍しい。

「もしもし?どうしたの俊介?」
『梅田、今大丈夫?』
「うん」
『落ち着いて聞いてほしいんだけど、……横原がコロナに感染した』
「え!?っわ!」
うめめ?
晴、なんかあった?
「ごめんなさい、なんでもない、です、ちょっと外します…!」

手から滑り落ちそうで慌てて掴んだiPadをぎゅっと抱え込んで会議室を出る。
どういうこと?
横原が感染した?
なんで?
そんなはずない、だってこの前会ったばっかりで、その時も元気に舞台に立ってたのに。
心臓がどくどくうるさくて苦しい。
怖くなって廊下にしゃがみ込んだ。
私の声が震えてるのが俊介に伝わって、俊介の声色がさっきより柔らかくなる。

『今のところ症状はなにもないって』
「え、あ、そうなんだ、でも感染したってことは体辛いってことだよね?」
『詳しいことはまだ俺も分かってない。さっきマネージャーさんから越岡くんと横原が陽性になったって連絡が来て、とりあえず梅田に体調聞いてくれって』
「私?」
『俺ら、この前『GARNET OPERA』見学させてもらったじゃん?その時に少しだけだけど楽屋行って横原と越岡くんと喋ってるから。濃厚接触にはならないんだけど、念のため』
「私は元気だけど俊介は大丈夫?」
『俺も平気』
「良かった…」
『遅れて発症する可能性もあるから、ちょっとでも体調悪くなったらマネージャーさんに連絡して』
「うん。……横原、大丈夫かな」
『こればっかりはなんとも…。拓也もばっきーもがちゃんも元気に戻ってきたから、横原も大丈夫って信じるしかないよ』
「うん…」

喉が締め付けられて呼吸が苦しくなるこの感覚を私は知ってる。
影山、椿くん、大河がコロナに感染した時もこうやって体中から血の気が引いて倒れそうだった。
死にも繋がるウイルスがメンバーの体を蝕んでる。
回復するのか、後遺症は残らないのか、今まで通りの生活ができるのか。
今、横原は大丈夫なのか。
不安に押し潰されそうで、怖い。
怖くて怖くて堪らない。
震える手でiPadを開いてスケジュールを確認したけど、メンバーに会えるのはまだ先だ。
皆個人の舞台や個人の仕事を抱えてる。
前みたいに毎日一緒にいて不安を紛らわすことはできない。
不安も心配も恐怖も、1人でなんとかしなきゃいけない。
私が鼻を啜った音を聞いて、俊介がひゅって息を吸い込んだ。

『大阪、一緒に行く?』
「っ、」
『なんて、無理か。あはは、ごめん』
「ううん、ありがとう。ちょっと元気出た」

俊介が出演してる舞台はもうすぐ大阪公演が始まる。
私は東京で仕事があるからもちろん大阪には行けないんだけど、わかった上で誘ってくれたことが少しだけ私の不安を和らげてくれた。
1人にしないよ、大丈夫だよって言ってくれてるみたいだった。
あの時もそうだった。
3人が感染してもファンを不安にさせない、自分達が出来ることを精一杯やる、IMPACTorsの名前を背負って前に進む。
今回も同じだ。
不安だけど、不安じゃいけない。






自宅療養2日目。
体調はすこぶる良い。
幸運なことに症状はほとんどなくて元気だ。
せっかく出演させていただいてる舞台の大阪公演が中止になってしまったことは申し訳ないけど、いつまでも引きずってはいられない。
家にいても出来ることはあるし、逆にこの期間をチャンスに変えていかなきゃいけない。
まぁとはいえ休息は必要だよね、なんて、そんなことを思ってスマホいじってたら梅田からのLINE通知が飛んできた。

ごはん食べてる?食欲ある?なんか買っていこうか?

「……お母さんかよ」

IMPACTorsのお姉さん、って主張するくせに今は口煩い母親みたいだ。
また通知が鳴って心配そうに泣いてる猫のスタンプが送られてきた。
なんて返事しようか、なんて言って安心させようか。
もってぃや大河ちゃんがフォローしてるだろうけど、3人が感染した時も梅田はかなり動揺してた。
今回もそうかもしれないし、俺が連絡することで余計に不安にさせるかもしれない。
既読スルーした方がいいか、どうか…。

「…あ、」

ふとあることに気づいて、無意識に通話ボタンを押した。
キャラじゃないしやめようかって思ったけど、ツーコールもしないで梅田が電話に出てしまう。
あー、切り損ねた。

『もしもし!?』
「声でか…」
『あ、ごめん、横原?』
「違います。人違いです」
『なんでかけてきた本人が人違いなの。横原でしょ、横原ゆうきー!』
「まあ、そうだけど」
『ほら、やっぱり横原だ』
「今どこにいんの?駅?」
『あ、電車の音聞こえた?』
「うん」
『今帰るとこ。家近いしなんか買っていこうか?住所教えてよ』
「教えないわ」
『遠慮しなくていいのに』
「遠慮じゃねえし。ほんとに嫌。教えたくない」
『はいはい、わかりましたー。でも本当に必要だったら言ってね?すぐ駆けつけるから!』

くすくす笑う声が想像以上に元気で安心した。
ってなんで俺が梅田の心配してんだ。
今回は俺が心配される側なのに。
電話越しに電車の音が遠ざかって行くから、家に向かって歩き始めたんだろう。
もう日付が変わりそうで、こんな時間までやってたのは滝沢歌舞伎の仕事か。
俺が休んでる間、グループ仕事は止まったままだ。

『横原、元気?体調どう?』
「めちゃめちゃ元気。熱もないし喉も平気。定期検査で引っかかっただけで症状はないんだよな」
『よかったー、もー、本当にびっくりしたんだから』
「梅田ともってぃは大丈夫?」
『大丈夫だよ』
「ならよかった、けど、……っ、」
『ん?なに?』
「なんか、あっさりしすぎじゃね?」
『へ?』
「大河ちゃんたちの時はもっと酷かったじゃん」

そう、本当に酷かったんだ。
新と奏の前じゃお姉さんぶってイキってたくせに俺やもってぃの前じゃ不安で死にそうになってたし泣きそうだったしてか泣いてたし。
影山くんと大河ちゃんとテレビ電話して号泣したってもってぃから聞いた。
それなのになんだよ。
全然、元気じゃん。
ちょっと不貞腐れてそう伝えたら、少しだけ声のトーンが下がった。

『心配だよ、心配に決まってるよ。今すぐ会って横原の顔見たいし、なんかあったらどうしようってすごい怖い』
「っ、」
『でも横原優しいから、私が泣いたら横原が私の心配しそう』
「…そんなことないけど」
『そんなことあるよ。横原優しいし、いつも気にかけてくれてるから。それにもし私が感染して横原が心配して泣いてたら、余計に不安になっちゃう』
「俺は泣かないけどね」
『心配はしてくれるでしょ?』
「まあ……」

半分正解で半分不正解。
梅田が泣いたらそりゃ心配だけど、それは俺が優しいからじゃない。
俺は全然優しくないよ。
そんな綺麗な感情じゃない。
梅田は、俺が『晴に泣かれるのが1番きつい』って言ったこと覚えてんのかな。
覚えてるから、俺のことがどれだけ心配でも泣くのを我慢してるのかな。
覚えてたところで何もないけど。

「……」
『横原?もしもーし?』
「ん?」
『急に黙るから寝ちゃったのかと思った』
「電話しながら寝るやついないだろ」
『もう夜遅いし、疲れてるのかなーって。そろそろ切る?あ、というかごめん、なんか用事あったから電話くれたんだよね?』
「あー…」

言葉を濁す俺に、梅田が首を傾げる様子が浮かんだ。
そう、電話をかけたのは俺。
3人が感染した時の梅田を見てたから心配で電話したっていうのもあるけど、本来の目的はそれじゃない。

「あと15秒待って」
『15秒?』

梅田の言う通り、正直もう眠い。
カツカツ聞こえてた足音が聞こえなくなったってことは梅田は家に着いたんだろう。
なにー?って少しだけ疲れた間伸びした声と一緒にガチャガチャ鍵を開ける音がする。
電話をかけようと思ったのはたまたまだ。
本当に偶然で狙ったわけじゃない。
でもこのタイミングを掴みたいと思った。
もってぃより前に言ってみようか、なんて。
時計の針がてっぺんを回るのをちゃんと見届けてから、息を吸い込んだ。

「梅田?」
『ん?』
「誕生日おめでとう」
『へ?…っあ!2月2日だ!』

日付が変わって2月2日。
梅田の25歳の誕生日だ。
自称IMPACTorsのお姉ちゃんが本当にお姉ちゃんになる瞬間。
梅田のスマホがぶるぶる鳴ってるのが俺にも聞こえる。
メンバーや家族や友達や先輩後輩、きっとたくさんの人にお祝いされてるだろうけど直接おめでとうを伝えたのは俺が1番だろう。
そんな小さなことでさえ感じてしまう優越感も、『おめでとう』が自分の想像の何倍も甘くなってしまったことも、梅田の嬉しそうな声にもっと口元が緩んでしまったことも、全部俺の心をむずむずさせるには十分で。

『ありがとう!うわー、嬉しい!横原と同い年になったよ!え、それ言うために電話くれたの?』
「たまたまな?たまたま日付変わりそうだったし、LINEもらってたから返さなきゃなーって思ってたから。このためだけにわざわざ電話したわけじゃないから」
『え?なに?照れてるの?』
「うるせー」
『あははは、否定しないんだね』

否定なんかできない。
引くくらい顔熱いしめちゃめちゃ恥ずかしいわ。
でも梅田が喜んでるならそれでいいよ。
ひとしきり笑った梅田がつぶやいた声は、言うつもりはなかったけど漏れてしまった本音のように聞こえた。
この数分間の電話の中で、初めてはっきり感じた”不安”。

『会いたいな』
「っ、」

『俺も会いたいよ』を喉元でグッと堰き止める。
勘違いするなよ俺。
梅田の『会いたい』にメンバー以外の感情なんてない、体調を心配してるだけなんだって、俺が1番よくわかってるだろ。
無理矢理声のトーンを引き上げていつもの俺を取り戻す。

「家は教えねーから」
『分かってますー』

拗ねたような声を聞くと余計に切りたくなくなる。
俺のスマホも鳴ってるから、今頃グループLINEはメンバーから梅田へのおめでとうで溢れてるんだろう。
他にもSnowManさんとか滝沢くんとか、先輩から来てる連絡は早く返したほうがいいに決まってるのに、なかなか通話終了ボタンを押せなかった。
押したくなかった。



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