むずむずがドキドキに変わる話



稽古場に置かれた存在感のあるでかいリュックは梅田のものだってすぐにわかった。
相変わらず中身がパンパンで、いつも使ってるiPadとダンスレッスンで使うノートが無造作に突っ込まれてる。
それ以外に荷物はなくてため息が出た。
なんだよ、みんなまだかよ。
できれば梅田と2人になりたくないから誰かいてほしかったのに。
なんてボーッと考えてたらレッスン着に着替えた梅田が稽古場に入ってきた。
俺と目が合ったら、ぱああぁぁぁって効果音が聞こえそうなくらい嬉しそうに笑った。

「よこはらぁぁぁ!」
「うわ…」
「復帰おめでとう!元気?ねぇ元気!?」
「元気です…」
「ちゃんと休めた?後遺症ない?身長伸びた?」
「身長伸びるわけなくない?」
「わかんないよ?伸びるかもよ?てか横原だ、わあー、嬉しい、横原だー!」
「横原だーってなんなの?」
「存在を確かめてる!」

笑いながら駆け寄ってきたと思ったら若干のウザ絡みにちょっと引く。
見たことある光景だなって、ばっきー達が復帰した時のことをなんとなく思い出した。
だから梅田と2人になるのは嫌だったんだ。
キラキラした目で俺の周りをうろちょろしながら笑いかけられたら、むずむずするんだよ。
電話した時からずっと溜まってたむずむずが、どんどん強くなるんだ。

「本当によかった!早くみんな来ないかな!復帰のドTV撮りたいね!」
「そんなに俺に会いたかった?」
「そりゃ会いたかったよ!顔見たら安心した!あ、エアハグしとく?影山たちとしたみたいに!」
「……」
「よこは、っ!?」

むずむず、限界。
両手広げて首傾げて『エアハグしとく?』なんて言われたら無理だろ。
どうしたって無理だ。
うん、無理。

「え、ちょ、横原!?…っ、」

エアハグなんかじゃなくてぎゅうって抱きしめたら梅田の声が上擦った。
伸びてきた髪に触れてそのまま頭を撫でたら呼吸が止まる。
Tシャツの薄い生地を通して梅田の熱が伝わってきて、むずむずがドキドキに変わってしまった。
ああ、やばい、やってしまった。
ここからどうしたらいいのかわからなかったのか、このままでいたかったのか。
わからないけど梅田が抵抗しないからもっと強く抱きしめた。

「横原…?」
「……」

持ってた上着を落としちゃったから梅田の手は空いてるのに、梅田は俺には触れなかった。
服を掴むことも背中に腕を回すこともなく、ただ硬直したまま。
驚いたのは最初だけで、だんだん身体の緊張も解けていく。

「横原どうした?」
「…梅田」
「なに?」
「あのさ、」
「あ…」
「は!?」
「え?」

ドキドキが一瞬で焦りに変わった。
稽古場に入ってきた『まずい』って顔した奏と目が合って、コンマ数秒のうちに梅田から手を離した。
俺なんもしてませんってふうに両手を上げて一歩離れたら、梅田もびっくりした顔で目をぱちくりさせてて。
梅田が後ろを振り返る頃には奏の姿はない。

「え?なに?」
「なんでもない、てかごめん」
「いや、大丈夫だけどびっくりした、え?横原どうし、」
「っなんでもないからマジで!うん、なんでもない、ごめん!……俺も着替えてくるわ」
「え!?」

梅田の顔も見れないし返事も聞けない。
上手い言い訳なんかなくて、でもこのドキドキを誤魔化したくもなくて、なのに変に誤解されたくもなくて。
とにかく早く梅田から離れたくて稽古場を出たら、廊下の壁にでっかい背を精一杯縮こませた奏がいた。

「ごめん邪魔した」
「邪魔じゃない、助かったわ、奏来てくれてよかった」
「マジでびっくりした、焦ったー、てか『なんでもない』ってなに?なんでもなくなくない?」
「聞いてたのかよ」
「聞こえたんだよ。俺なにも悪くないでしょ」
「誰にも言うなよ」
「え?」
「忘れて」
「え?」
「っ頼むから!」
「よこぴー顔真っ赤なんだけど!」
「言うなよ!」
「…え?」
「っ奏…!」

ケラケラ笑ってる奏にぐうの音も出ない。
両手を擦り合わせて何度も何度もお願いしてるのにヘラヘラ笑って面白がってる。
頼むから言わないでくれ。
メンバーにももってぃにもバレたくない。
ずっと会いたくて笑顔見たくて堪らなくて、嬉しそうに俺に笑いかけてきたから思わず抱きしめちゃった、なんて、誰にも知られたくない。



backnext
▽ビビッドリフレクション▽TOP