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『荻町の家に生まれたこと、後悔したことねえの?』

そう悠毅に聞かれたのは何歳の頃だっけ?
たしかホグワーツに入学して組み分けが終わった時だっけ。
自分の肩にかかった赤いローブを見て、悠毅が泣きそうな顔してた時だっけ。
私がなんて答えたのかもう覚えていない。
思い出す気にもなれない。
だって何度聞かれても答えは同じだ。

私は、この家に生まれたことを後悔していない。
いや、“しない”と誓っている。

「いい加減にしろ!!!」
「っ、」
「っエマ!」
「奏」

奏がローブの中から杖を取り出す前に強い声色で制した。
出てこないで、後ろに控えてて。
私が攻撃したところでこの人達はなにもしないだろうけど、奏が攻撃した瞬間にこいつらに反撃の理由を与えてしまうことになる。
正当防衛とはよく言ったものだ。
ここで私が攻撃魔法をかけても正当防衛になるんだろうか。
かぼちゃ色になってしまった視界をローブの裾で拭い落とす。

「松尾さん、せめて水でしょ。カボチャジュースは嫌です。ローブにシミがつくから」
「黙ってろ、この恥知らずが」
「……」
「っお前!杖を仕舞え!」
「仮にも現当主に向かってお前って言うのはどうなんですか?和田さんも相変わらずですね。……側近の躾くらいちゃんとやってくださいよ、叔父様」

室内にピリっとした殺気が漂う。
4人の側近は私に杖を構えたけど構わずに自分の身体に向けて杖を振ると、赤いローブについてたカボチャジュースの滴が集まって松尾さんが持ってたゴブレットの中に戻っていく。
食べ物を粗末にする奴は嫌いだ。
そもそも、この家に到着してすぐにカボチャジュースを頭からかけられるようなことをした覚えはない。
まったく、私がホグワーツに行ってる間にこの家の治安はどうなっているんだ。
上座に鎮座している叔父様、荻町理人は側近と私のやりとりを眉1つ動かさずにじっと見ていた。

「ご用件はさっきの話だけですか?」
「そうだ。式を早めたい」
「お断りします。継承式は私が17歳で成人した時だと決まっています。私がホグワーツに入学した時に叔父様もそう了承したはずです」
「荻町家は今や没落寸前だ」
「寸前です。没落してはいません」
「今すぐにでも当主を置いて再生に向けて動き出すべきだという意見が、荻町家を支援している分家から出ている」
「現当主は私です。それにその意見、ほとんど荻町エマ反対派の方々ですよね?」
「成人するまで正式な当主ではない」
「なら、叔父様も当主ではないですね。先代の弟です」
「そうだ。先代、お前の父親は死んだ。だから私が、」
「っだから私が現当主だ!!!」

パリン!!!

「エマ…」

カボチャジュースが入ったゴブレットが割れた。
いけない、冷静になれ冷静になれ冷静になれ。
感情を高ぶらせても叔父様は納得しないし、強引に押し通せば4人の側近が構えた杖からカボチャジュースよりも酷いものが飛んでくる。
杖を出すな奏、仕舞って。
やっぱり1人で来るんだった。
この会話を何回すれば気が済むんだ。
うんざりしてるけど、今すぐこの場から逃げられるわけではない。
怒るな、喧嘩するな、駄々をこねるな。
深呼吸しろ。
大人になれ荻町エマ。
荻町家当主として、誇りを捨てるな。

「……叔父様。叔父様が荻町家当主を引き継ぎたいと考えていらっしゃること、十分に理解しています。私が学生の身ということもあり、現当主としての責務を果たせていないことも自覚しております。ただ、現当主は私です。もし万が一叔父様に当主を譲る場合でも、私が成人している必要があります。だからあと半年、待ってください」

口で誤魔化すつもりなんてない。
全部本音だ。
これで納得してくれなきゃ本格的に喧嘩するしかない。
それは避けたいし、やるにしても奏がいない時にしたい。
こんなことに松井家を巻き込むわけにはいかない。
叔父様は何も言わなかったけど、側近4人の杖を収めさせた。
ひとまず納得はしてくれたみたいだ。
頭を下げて奏の腕を引いて部屋から出ようとすると、私の背中に叔父様の声がかかった。

「エマ、お前がやっていることは茶番だ。子供のヒーローごっこと変わらん」
「っ、」
「ホグワーツの噂は聞いてるよ。お前と同じようにヒーローごっこをしている集団がいるらしいな。確か、“Wildfire”だったか?」
「叔父様?……私と“Wildfire”を一緒にしないで」

ああ、やっぱりここに帰ってくるんじゃなかった。



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