002



「で?逃げ帰ってきたわけ?」
「逃げ帰ってないってば!当主として冷静にその場を収めてきたの!」
「いーや!エマガチギレ寸前だったよ?いつ攻撃魔法使うのかヒヤヒヤしてた!」
「奏だって杖構えてたじゃん!仕舞えって言ったよね?」
「仕舞えとは言ってない。名前呼ばれただけ」
「察してよそれくらい!」
「察したけど従うかどうかは別でしょ?てかそんなに従わせたいなら俺のこと従者にすればいいのに」
「……それはしない。家のことに巻き込みたくないし、奏は大事な友達だから」
「エマ…」
「だからいつでも私から離れて、」
「離れるわけないでしょ!ずっと一緒だからね!」
「奏!大好きだ!」
「俺もだよ!」
「っやめろ!俺挟んで恥ずかしいこと言うな!付き合ってんのかお前ら!」
「付き合ってないよ?」
「幼馴染だよ?あ、お茶きたー」
「…はぁー」

呆れをあからさまに出したため息は風と一緒に消えていく。
禁じられた森の近くにある暴れ柳はコツを掴めば大人しくさせてこうやって太い枝に座ることができるわけだが、この場所を独り占めしようとしたのに奏にバレてエマに伝わって、7年生になった今じゃ3人のたまり場みたいになっている。
俺を真ん中にして右側には奏、左側にはエマがくっついてたけど、バスケットを持った屋敷しもべ妖精がこっちに向かってくるのが見えてエマは枝から飛び降りて坂を駆け上がっていった。
どうやらホグワーツの厨房を管理している屋敷しもべ妖精になにか食べ物を頼んだらしい。
エマがいなくなれば、奏の声が落ち着いた大人な声になる。
相変わらずこいつはエマの前では明るい幼馴染であろうとしてる。

「ごめんね?エマ、いつもよりよこぴーにくっついてて」
「それは奏もだけどな」
「許して。荻町家に行くと肩凝るんだよね。ストレスやばい」
「俺で解消すんなー」
「そんなこと言って、よこぴー優しいから拒まないでしょ?」
「……まあ、俺もお前らと一緒で歪んだ家の生まれだから。家に行くと疲れるのは理解できるよ」

坂で足を取られたのか屋敷しもべ妖精が転びそうになった。
瞬きのうちにエマが飛び出して自分の身体を地面と屋敷しもべ妖精の間に滑り込ませた。
屋敷しもべ妖精にもバスケットにも被害はないようで、屋敷しもべ妖精が何度もぺこぺこ頭を下げている。
坂の泥で汚れたローブを気にもせずににこにこ笑うエマを見て、やっぱり荻町の血が強いなって感じてしまった。

荻町。
例のあの人出現前、ホグワーツ創設時代から続く名家中の名家。
当主は代々グリフィンドールの赤を纏い、誰よりも強く誰よりも優しく誰よりも誇り高い。
どんな状況でもどんな種族でも分け隔てなく人々を守る強固な“盾”。
自分の命さえも投げ打って人々を守らなければならない宿命を背負った“盾”の一族。
…裏を返せば、自己犠牲の塊。

「奏さ、エマも言ってたけど大変ことになる前に離れた方がいいよ」
「だから離れないってば」
「お前が思ってるより家柄って面倒くさいんだよ。現に、エマは継承問題でずっと揉めてる。成人するタイミングでなにかしら変化はあると思うけど、離れた方が楽。お前、松井家の長男なんだから。あと、ハッフルパフの奏がグリフィンドールのエマにくっついてること、よく思われてないんだろ?荻町家はグリフィンドールしか受け入れないから」
「…よこぴーもそれが理由で家から離れたの?」
「っ、」
「全然家帰ってないんでしょ?」
「……帰ってないんじゃなくて帰れねえの。奏も横原家の事情知ってんでしょ」
「知ってるよ。だから俺はよこぴーからも離れない」

奏がくっついた右側が熱い。
奏の目はじっとエマを見つめてた。
バスケットを受け取ってこっちに戻ってくるエマはどう見てもまだ子供で、ただの女の子で、俺だってきっとただの男の子に見えるんだろう。
その両肩に乗っているのもは重くて黒くて硬いもので。
奏は全部分かった上で、こっちを選んだのかな。

「俺はさ、エマもよこぴーも大好きなんだよね。俺にとっては小さい時から2人がヒーローだったから」
「……」
「だから何言われても離れないよ。俺はただの幼馴染だし家に力も権力もないから、荻町家のことも横原家のことも大きな力になれることはないけど、でも、…離れない」

ヒーローか。
そんなたいしたもんじゃない。
ただずっと家柄に縛られて生きているんだ。
自分の宿命に従ってるだけだ。



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