010



内臓がぐるぐる回る感覚が嫌いだ。
何度やっても慣れないこの感覚に吐き気がするけど、エマはいつも澄ました顔で荻町家の門前に降り立った。
ふらついてしゃがみ込んでしまった俺とは正反対で、きりっとしたまま。
この違いが、今まで幾度となくポートキーを使って世界中を飛び回ってたことを裏付けている。

「悠毅、だいじょ、っえ!?」
「おおー、すっげ!」
「影山!?」
「なんで影山くんいんの!?」
「あはは、来ちゃった!」
「はあ!?」

びっくりして、俺もエマも開いた口が塞がらない。
なんでここに影山くんが?
ポートキーに突っ込んだのか?
まじかよ、影山くん、ポートキーって知ってる?
使い方間違えたらどこに飛ばされるかわかんないんだぞ?
てか、なんでそんなケロッとした顔してんの?
俺、ポートキーで移動したら吐きそうなんだけど。

「これエマん家?すげえな豪邸じゃん!てかお城?エマって本物のお姫様だったのか?ホグワーツくらい大きくね?実家洋風なんだな!俺の家はめっちゃ和風!すっげぇ!写真撮りたい!撮ってもいい?」
「黙ってほしい」
「やめろ、杖構えんな」

なんで来たのかわかんないしテーマパーク来たみたいにはしゃがないでほしいし時は一刻を争うし、荻町家はそんな軽いノリで来れる場所じゃない。
でもそれは影山くんも分かってるんだろう。
荻町家の門に触れようとした時、中にいた従者の杖から飛んできた攻撃魔法を影山くんはノールックで弾き返した。
そう、ここに着いた時から杖を握っていた。
ちゃんと警戒してる。
久々に見た従者は、相変わらず嫌味ったらしい顔してるな。

「事前の連絡もなくご帰宅ですか?」
「自分の家に帰るのに許可が必要ですか?叔父様を出してください」
「理人様は今仕事中で、」
「当主の荻町エマが帰ったと伝えなさい」

鋭い睨み合いで勝つのはいつだってエマなのに、この従者は決して攻撃的な視線を崩さない。
隠す素振りも見せずに舌打ちをして杖を振ると門が開いた。
明らかに歓迎されてない空気の中、しゃんと背筋を伸ばしたエマが歩き出したから、俺らもその背中を追った。
影山くんに杖を仕舞うように促す。
下手に刺激しないほうがいい。
ここから先は、荻町家の領域だ。
こそこそ話す声はおそらくエマには聞こえない。

「…影山くん、来ちゃったものは仕方がないからこのまま俺らから離れないで。あと、余計なことすんな。黙って、静かに、エマに従って。ここはそういう世界だから」
「…わかった」
「あと、これは注意じゃなくてお願いなんだけど」
「なに?」
「……なにを見ても、エマを嫌いにならないでほしい」

“Wildfire”と関わるようになってから、時々奏が『エマと影山くんって似てるよね』って言うようになった。
俺は最初それが分からなかったけど、影山くんを見てたら分かってきたよ。
2人とも、いつだって人を守りたいと思ってる。
人を守って、助けて、救いたいと思ってる。
だから声が聞こえる。
助けを呼ぶ声が2人だけに聞こえる。
エマは望んでないかもしれない。
影山くんに嫌われたっていいって思ってるかもしれない。
でも、エマと横に並んで戦えるのは影山くんだけかもしれないんだ。
だって俺も奏も、後ろにいることしかできないから。



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