009



こんなに仕事多いのか!?ってびっくりして唖然としてしまった。
“Wildfire”に入って一週間。
呪い事件の手がかりを探しつつ“Wildfire”の依頼も受けることになったんだけど、あまりの量に目が回りそう。
いや、もう完全に回ってる。

「ふいー、終わったぜー」
「もう無理ー」
「ちょ、重い…」
「終わったのどれ?」
「靴探しといじめ問題解決と監督生専用シャワールームの修理とゴーストの話相手」
「ご苦労さま」
「日誌は頼んだ」
「ここってまじでなんでも屋だな…」

北塔の部屋に戻ってきたら基くんとよこぴーが机に向かって何かを調べてる。
他のメンバーはいなくて、たぶんエマが置いて行ったであろうクッキーと湯気が立った紅茶がテーブルに置いてあった。
疲れすぎてよこぴーの背中にくっつきつつクッキーを摘まめば、影山くんも口をつける。

「よこぴー分かった?」
「まだ。個人特定するのってまじむずいよ。十中八九スリザリンだと思うんだけどな」
「そこは横原家の力でなんとかしてくれよ」
「だから、俺勘当されてんの」
「カンドウ?」
「家族と縁を切ってるってこと」
「家頼れねえから」
「仲悪いの?早く仲直りしろよ」

影山くんって良い意味でストレートだな。
よこぴーの家はそんな単純な話じゃないんだけど。
基くんが眉間に皺寄せて見てる羊皮紙には、エマが走り書きした犯人像が描かれてる。

・呪いの痕跡を消す方法は例のあの人全盛期に主にデスイーターが使っていた。犯人はデスイーターの家系か?
・デミガイズの毛と人魚の涙はかなり希少。入手ルート探って→担当:悠毅
・アイリスとピピンの護衛と、再ヒアリング→担当:大河
・アイリスに呪いをかけたタイミングは?聞き込み調査と足取り調査→担当:椿、奏
・他の仕事との兼ね合い調整、まとめ→担当:基
・いつでも呼んで。戦います→担当:荻町、影山(※荻町、独自ルートで情報仕入れます)

最後の文がエマらしいし、『影山』って文字はあとから影山くん本人が書き足してた。
エマはきっといつ誰がどこで助けを求めても飛んでくるんだろう。
その人の盾にも剣にもなって守るんだろう。
“Wildfire”にいて分かったことがある。
影山くんもエマと似て全員を守ろうとしている。
影山くん、立ち止まる時間も躊躇いも全くないんだもん。

「基、次の依頼来てる?俺まだいけるけど」
「え、もう行くの?」
「底なしだなー、影山くん」
「ちょっと待って、今出すから」

紅茶一杯分は座って休憩したけどすぐに立ち上がって杖を構えてる。
そのエネルギーとバイタリティーに関心するばかりで、影山くんがリーダーのチームは最強なんだろうなって実感するんだ。
浮かんだ疑問は前から感じてたもので、基くんが準備している間に聞いてしまおう。

「影山くんの“人を守りたい”って思いはどこから来るの?」
「俺?ヒーローになりたいって気持ちから!」
「ヒーロー?偉大なる魔法使い、とかじゃなくて?」
「そう、ヒーロー」

遠い昔を思い出すように目を細めた影山くんは柔らかく笑った。

「俺さ、子供ん時に雪山で遭難したことがあるんだよ」
「え!?」
「まだ魔法の存在とか知らなかった時な。家族でスキー行ったら雪山で遭難してさ。1人ぼっちで震えて、寒くて凍えそうで、もう死ぬかもって思った時にヒーローが現れたんだよ」
「その人が助けてくれたの?」
「いや、一緒に凍えてた」
「ええー…」
「その人、…人っていうか俺と同い年くらいの女の子だったんだけどその子が俺の身体ぎゅうって抱き締めてさ『大丈夫!助ける!守るから!』って必死に叫ぶんだよ。喉枯れるまで叫んで、2人で雪まみれになりながら何回も叫んで、死ぬ前に大人に見つけてもらえて助かった。でも、女の子はいつのまにかいなくなってた」
「その子、魔法使いだったのかも」
「たぶんそう。あんま覚えてねえけど、その子がいた時は暖かかったんだよ」
「拓也、その子みたいになりたいって1年生の時から必死だったよね」
「だってかっけーじゃん!すごくね?自分も寒くて死にそうなのに、弱音も吐かないし泣かないし、ずっと俺のこと励まし続けてたんだぜ?俺が今まで出会った人の中で1番かっけーよ!」

それは記憶であり、思い出であり、原動力だ。
命を助けてくれた女の子に憧れて、その子みたいになりたくて必死に努力して、この場所を作って仲間を集めた。
それってものすごく、かっこいいよ。
エマはこのこと知ってるのかな?
知らないなら教えてあげたいな。
これを知ったら、エマはずっと“Wildfire”にいてくれる気がする。
エマと影山くんが揃ったらもっとたくさんの人を守れると思うんだ。
なんて考えてたら、眉間に皺寄せたエマと椿くんが戻ってきた。

「おかえりー」
「ねえ、エマ、」
「奏、ちょっといい?」
「なに?」
「奏って交友関係広いよね?わかったら教えてほしいんだけど…」
「これ、誰のか分かる?」
「っこれ証拠じゃん!」
「まだ確定じゃないけど」

神妙な顔で渡されたのは羊皮紙の切れ端だ。
文字が掠れてるけどなんとか認識できる単語は『人魚の涙』『デミガイズ』。
証拠にはならないけど、重要なものであることにはかわりない。

「筆跡だけで当てるのはなかなか、…っ!?」
「奏?」

筆跡で分かるはずない。
交友関係が広いって言っても皆の筆跡を把握してるわけじゃない。
でもこれは、羊皮紙に微かに残る香水の香りは覚えてる。
最近いつ嗅いだのかも、覚えてる…!

「これ、もしかして梟小屋の近くで拾った?」
「そうだけどなんでわかったの?」
「俺、そこで会ってるんだよ!事件が起こる前日の夜に!そこで会ってんの!その時にこれと同じ匂いを嗅いだ!」
「そいつは誰だ!?」
「誰と会ったの!?」
「……新、スリザリンの佐藤新だよ」

あの日、新は様子がおかしかった。
俺と目を合わせなかったし、なにかを隠したようにも見えた。
隠したのは新宛ての手紙?
それとも誰かに手紙を出そうとしてた?
なんで?
なんで新が?

「犯人要素ありすぎ。佐藤新はスリザリンで、実家はデスイーターじゃないけど例のあの人と関りがなかった確証がない。俺が言うのもなんだけど、代々スリザリンを輩出してる家はなにかと闇の知識が多い。おまけに事件があった時に近くにいて杖の痕跡確認の対象になってる。もちろん判定は白だけど」
「呪いの痕跡を消す方法で検問突破したか」
「でも新がやったって証拠は、」
「あるよ」
「大河!」

汗だくでここに戻ってきた大河くんは苦しそうに青いネクタイを緩めて上がってた息を整えた。
基くんが杖を振って水を用意する間に、大河くんは言葉を選ぶようにゆっくりと、でもはっきり断言した。

「アイリスが事件の日のこと思い出した。呪いのことはほとんど覚えてないけど、直前の記憶は残ってた。『左目の下にほくろがあるスリザリンの生徒に声をかけられた後、意識がない』って証言したよ」
「そんな…」

新はそんなやつじゃない。
スリザリンだけどハッフルパフの俺とも仲が良くて優しいやつで勉強に熱心なやつで、人を呪うような人じゃない。
違う、絶対に違う。
でも、ここまで条件が揃ってしまうとなにも言えない。
混乱してる俺を見たエマは、ため息を吐いて立ち上がった。

「たとえ実行犯が新だとしても、主犯は別にいる」
「俺もエマに賛成。佐藤家は昔から知ってるけど、こんなことをするメリットがない」
「リーダー、どうする?この証拠を持って先生のところに行くこともできるけど」
「いや、ここで俺らが出たら、新だけ切られて本当の主犯は表に出てこない。今踏み込むのはだめだ」
「じゃあどうする?」
「新を守ろう」
「俺たちが?」
「そう。もし新が実行犯だったとしても、新がまた同じことをしないように守ればいいんだよ!」

自信満々にそう言ったけど簡単なことじゃない。
影山くんは、魔法界の家同士による力関係をどこまで理解してるんだろう。
主犯って誰?
イタズラ程度の話ならまだマシだけど、新の親や家族が関わってたら悲惨だぞ。
親の指示で子供が悪に手を染めることなんて普通だし、そうでもしないと存続できない家だってある。
特に、例のあの人の力が失われた今の時代を生きるスリザリン一家はね。
影山くんの意見には賛成したい。
けど迂闊に首突っ込めない。
新は大事な友達で、もし本当に実行犯なら止めたい。
これ以上、罪を重ねてほしくない。

「……本気の目、してるね」
「当たり前じゃん」
「じゃあ私も本気出すよ」
「へ?」
「今から家に行ってくる」
「え!?ちょっと待ってエマ!」

自分でもびっくりするくらいの声が出ちゃってみんなの視線が集まる。
でもそんなの気にできないくらいエマしか見えない。
そんな、待ってよ、この前荻町家で一触即発な空気残してホグワーツに戻ってきたのに、また行くの?
それに、ただ行くだけじゃないよね?
荻町家の力を使うって事だよね。
できれば行かせたくない。
そんな俺の気持ちに気付いてるのにエマは無視してポケットからピンク色のリボンを取り出した。

「佐藤家になにが起こってるのか調べてくる。新と仲良いの誰だっけ?」
「俺らも一応話したことあるけど、1番仲良いのは奏かな」
「じゃあ奏残って。悠毅?」
「ええー、俺?」
「スリザリンの事情には詳しいでしょ?」
「まあそうだけど。もってぃ、デミガイズの毛と人魚の涙の入手経路、あと頼める?」
「わかった」
「じゃあ俺も荻町家行くわ」
「行くってどうやって?外出許可取ってないよね?」
「このリボン、ポートキーになってるから一瞬で荻町家に行けるの」
「それって、」
「もちろん普通はだめ。荻町家は普通じゃないってことだよ」
「いつでもどんな時でも、どこへでも行って戦えってこと」

決していい理由じゃないし、滅多なことがないと使ってはいけないポートキーだ。
それをエマが使おうとしている。
本気だ。
エマは本気で荻町家の力を使って新を救う気なんだ。
たとえ本当に新が実行犯だったとしても、エマはきっと救う。
新を守ってくれる。
不安そうな顔してたのか、エマが背伸びして俺の頭に触れた。

「大丈夫よ奏。荻町家の力、見くびらないで」
「逆だよ。力が強すぎて怖いくらい」
「あはは、そう?じゃあその強い力、使ってみようじゃないの」

窓なんか開いてないのにリボンが揺れてる。
目に見えないはずの魔力の渦が、風を起こしてる。
エマの中にある莫大な魔力が渦巻いて、“盾”となるべく揺らめいてる。
よこぴーとエマの手首に巻かれたピンク色が空間を歪ませる直前、なにかが横切った気がした。

「っ、」
「っえ!?」
「かげ!?」

一瞬、眩しいピンク色の光に瞬きをする。
目を開けた時には2人の姿はない。
……いや、3人だ。

「かげも行っちゃった?」
「なんで!?」


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