011



叔父様の視線が嫌いだ。
鋭くもなく、弱くもなく、蔑むでもなく、呆れるでもなく。
ただ、私を“子供”だと見てくる視線が、嫌いだ。
叔父様の執務室は相変わらずピリピリしている。
控える従者は4人。
正面から向き合った私。
後ろに控えた悠毅と影山を叔父様は一度も見ない。
叔父様からしたら勘当された横原家の長男とマグル生まれの一生徒。
興味も話す気もないということか。
一通りこちらの要望を聞いた叔父様は眉1つ動かさなかった。
頭を下げた私を見ても、何も感じてない。

「佐藤家に関する情報は一切教えられない」
「なぜですか?」
「答える必要はない」
「あります。ホグワーツの生徒が関わっているんです。これ以上犠牲者を出さないためにも、」
「お前が出る幕ではない。帰りなさい」
「っ、……叔父様の応えで確信しました。佐藤家で何かが起こっていますね。それに新は利用されている」
「……」
「それだけ分かれば十分ですよ。もうあなたになにも聞きません。私が新を守ります」
「エマ、この件から手を引きなさい」
「引きません」
「お前が思っているほど簡単なことではない」

ああ、その視線が嫌いだ。
また子供扱い。
また学生扱い。
叔父様はいつだって、私を荻町家の当主として見てくれない。
それどころか荻町家の人間としても見てくれない。
椅子から立ち上がった叔父様は私の正面に立って私を見下ろしてきた。

「影山拓也」
「え!?」
「“Wildfire”のリーダーだろう?」
「は、はい」
「そっちは横原悠毅。緑のローブを着た君に会いたかった」
「…嫌味かよ」
「あとは誰だ?松井奏にマグル出身の仲間か?エマ、お前の仲間は所詮学生だ。“Wildfire”なんて子供遊びだ。本気で人を守ることなんてできない。お前は“盾”にはなれない」
「っそんなことな、」
「また人を殺すのか?」
「っ、」
「また、お前の傲慢で自己満足な子供のヒーローごっこで人を殺すのか?」
「ちょ、それは、」
「佐藤家のことは大人が解決すべき事件だ。子供のお前が首を突っ込むな。子供は子供らしく、学校で大人しく勉強していなさい」
「叔父さ、」
「いい機会だから言っておく。エマ、お前の“盾”はいつかまた人を殺す」

頭が痛い。
くらくらする。
指先に力が入らなくて、まるで全身が雪の中に放り投げられたみたいに冷たい。
寒くて冷たくて、怖い。
私は雪の中にいる。
あの日からずっと雪に中にいて、ずっとずっと怖くて、ずっとずっとずっと、必死にもがいてる。
私は荻町家の当主だ。
すべての人を救う“盾”の一族。
すべての人を守らなければいけない。
でも私はもう、あの日あの時真っ白な雪の中で、男の子を殺、

グイッ、

「!?かげや、」
「ヒーローごっこで何が悪いんですか?」

手を引かれて背中に隠された。
いつのまにか俯いてた顔を上げたら、瞬きもしないで叔父様を睨みつける影山が私の前に立ってる。
赤いローブと強い眼差しと震えた私の手を握った影山はいつもの影山なのに、どこか別の人に見えた。

「確かにエマも俺らも子供です。あなたより力もないし頭も悪いしバカなことばっかりやってますよ。俺らがやってることが全部正解なんて思ってません。救えない時もありす。っでもあんたにそんな偉そうに説教される筋合いはない。エマの気持ちをバカにすんな」
「……」
「お前っ、」
「いい。下がれ」
「エマの家のことは知らない。あんたのことも知らない。昔なにがあったのかも知らない。でもあんたエマの家族だろ?家族が友達助けようと頑張ってんのにその態度はねぇだろ」
「君は、荻町家のことをなにもわかってない」
「エマのことは分かってる。いつだってエマは人を助けようとしてた。守ってくれた。……エマはヒーローみたいな最強の魔法使いだよ」

どんな魔法なのか教えてほしい。
私にいつ魔法をかけたのか教えてほしいよ、影山。
影山の手が熱くて、痛いくらいに強くて、誰よりも優しい。
雪の中にいるのにじんわり暖かくなっていく。
その熱が心地よくて、ドキドキする。
溢れそうだった涙が引っ込んでいく。

「影山拓也」
「なんだよ」
「君は、……いや、なにも」
「?」
「…はい、俺からいいっすか?」

影山と叔父様の睨み合いを解いたのは悠毅だった。
はいって手を挙げて一歩前に出ると、私のローブを摘まんで引っ張る。

「帰ります」
「え!?横原!?」
「もう十分です。ありがとうございました。エマ、影山くん、ホグワーツ戻るぞ」
「なんで、え?悠毅?」
「お邪魔しましたー」
「ちょっと待てって!」

叔父様にペコッて適当に頭を下げた悠毅は私と影山の腕を掴んで執務室を出た。
従者はついてこない、3人で廊下を走って家から出る間、私のポケットに乱暴に手を突っ込んでポートキーのリボンを取り出す。
3人の手首に回しながら悠毅は杖を構えた。

「エマ、俺を連れてきて正解」
「え?」
「理人さんの机の上に佐藤家の家紋が押された手紙があった。封が開いてたってことは中を読んでる。で、その隣に荻町家の家紋が押された手紙があった。まだ出す前。宛先は魔法省の闇祓い」
「そうか!」
「どういうこと?」
「佐藤家の誰かが荻町家に手紙を出してる!それを読んだ叔父様は闇払いに手紙を出そうとしてた!やっぱり佐藤家で何かが起こってるんだ!荻町家に頼らなきゃならない何かが!」
「すげえな横原!よく見つけたな!」
「理人さんが言ってたことは本当なんだよ。子供の俺らだけじゃ解決できないなにかが起こってる。少なくとも、闇祓いが動くレベルのなにかがな」

スリザリンに関連する家の情報が頭に入ってる悠毅を連れてきたのは、本人が言う通り大正解だったみたいだ。
これで確信が持てた。
おそらくこれは私たちだけが手に負える事態じゃない。
叔父様が『事件』って言い方をしたからかなり重たい話だ。
だからってここで引けない。
『助けて』って声を無視できない。
ポートキーのリボンで繋がれた3人の手を見て、影山が笑った。

「行こう。新を助けに」

声が聞こえる。
頭の中でかすかに聞こえる。
消えそうな細いその声は、新が助けを求める声だ。



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