012



違う、違う違う違う!
こんなつもりじゃなかった。
こんなことになるなんて思わなかったんだ。
なんで?
どうして?
考えたってもう後戻りはできない。
もう、殺される未来しかない。

「うわぁぁぁ!!!」
「やめろ!やめろよぉ!」

地獄絵図だ。
理性を失って身体能力を増強させる呪いの魔法は感染していく。
最初はハッフルパフのアイリス。
攻撃を受けたピピンも発症。
そこから呪いはどんどん広がって、遂に今日、感染爆発した。
ホグワーツは大パニックだ。
授業中だろうとクディッチの試合中だろうと、発症したら見境なく人を襲っていく。
俺が呪いの魔法をかけたのは最初だけだ。
そこで巣食った種がどんどん大きくなって、広がって、ホグワーツ全体を呪いで侵食した。

「た、た、助けてくれ!!!」
「伏せろ!」
「っ、」
「ステューピファイ(麻痺せよ)!」
「レダクト(粉々)!」
「くそ、気絶させてもすぐ復活するんだけど!?基くんなんとかできないの!?」
「今考えてるから!」
「なんか見えたら教えて!」
「今んとこ発症したらめっちゃ強いってことしかわかんない」
「それはみんなわかってんの!」
「先生方も戦ってるのに全然間に合ってない!」
「このままじゃホグワーツが壊滅する。なんとかしないと」
「よりによってダンブルドア先生が出張の時に…!」
「かげ達早く戻ってきてくれよ!俺らだけじゃ守りきれない!」

箒に乗って現れたのは”Wildfire”のメンバーだ。
容赦なく魔法を使ってなんとかこの場を収めようとしてる。
彼らだけじゃない。
先生や監督生やクディッチの選手たち、みんな必死になって戦ってる。
俺はなにをやってるんだ。
なんてことをしてしまったんだ。
もう遅い。
今更助けを求めたって遅いんだよ。
ポケットの中に入れてた羊皮紙はもう意味をなさない。
これを彼らに届けるのが遅すぎたんだ。

「っ新!!!」
「っ、」
「探したよ新!こっちに、うわぁ!」
「奏!危ない!」

俺に駆け寄ろうとした奏くんが襲われてる。
襲われて、椿くんが助けようとして、でも間に合わないかもしれなくて。
俺は一体何人の人を殺してしまうんだろう。
こんなことしたくない。
誰も殺したくない。
でも俺がやらなきゃ家族が、佐藤家がなくなってしまう。

「奏く、」

杖を構えたのに強い光と衝撃で遮られる。
緑のローブ、真っ黒の杖と、そこに埋まったアクアマリンの宝石。
視界が変わった次の瞬間には俺の手にはもう杖はない。
姿現し?
移動魔法?
なにをされたのかわからない。

「っけほ、」
「佐藤、失敗したな」

ああ、逃げられない。
首に食い込む指の力が強くて息ができない。
ホグワーツの喧騒が遠くに聞こえる。
ここはどこだ。
禁じられた森の奥?
俺の首を掴んだカリムは緑のローブをはためかせながら冷たい目で睨んできた。

「やはりお前は失敗した。失敗すると思ってたよ。見張っていて正解だった」
「っ、」
「お前の失敗を成功にしたのは俺だ。なぜ父上がお前にこんな大役を任せたのか分からなかったが、今となってはどうでもいい。実験は成功した。この呪いは人から人に感染し、こんなにも威力を発揮する。ホグワーツの教師がいてもこの有様だ。いい兵器として使える」

杖がない。
さっきどこかに飛ばされてしまった。
魔法が使えなきゃ敵わない。
だんだんカリムの声が聞こえなくなってきた。
やばい、空気足りない。
どうしよう、このままじゃ死ぬ。
嫌だ、死にたくない、誰か、誰か誰か誰か、

「たすけ、」
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!!!」
「っ!?」
「っけほけほ!……うわ!」

なんだ?
なにが起こった?
一気に酸素が入ってきて苦しい。
首を圧迫してた力が急になくなったと思ったらもう箒の上にいた。
咳き込む俺の肩に誰かの手が触れて、優しく力強く、ぎゅって俺のローブを握りしめる。
まるで、もう大丈夫だって言ってるみたいに。
ゆっくり目を開けると太陽の光が眩しくて目が眩む。
向かいの空、箒の上に仁王立ちした赤いローブが勝利のフラッグみたいに揺れてる。
太陽と同じくらい明るいピカピカな顔で、笑った。

「よう新!忘れもんだぜ?」
「…あ、」
「でも俺ら宛てだと思うから受け取った!」

掲げられたのはくしゃくしゃに丸まった羊皮紙だ。
ずっと迷ってた。
ずっと怖かった。
ずっと、それを握りしめて耐えてた。
今回の計画のすべて。
俺がやらされてる悪事のすべて。
呪いの詳細も、魔法の痕跡をなくす方法も、その材料の入手経路も、俺がやったこと、全部、書き殴った懺悔の印。
『助けて』って、泣いた後が残る手紙。
助けに来てくれた。
“Wildfire”が助けに来てくれたんだ…!

「ディセンド(落ちろ)!」
「うおっ、」
「かげ!」
「危な!かげちゃんと前見て!」
「うわー、びっくりした!」
「攻撃来るよ!」
「コンフリンゴ(爆発せよ)!」
「プロテゴ(護れ)!」
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」

カリムから飛んできた魔法を食らって箒から落ちた影山くんを受け止めたのは大河くんだった。
他のメンバーもカリムから距離を取りながら箒で旋回している。
遠くにいた奏くんと目が合った。
奏くんが安心したように笑ったから、涙で滲んで見えなくなった。
また、優しく背中を撫でられる。

「新、ありがとう」
「え?」
「『助けて』って何度も言ってくれたでしょ?君が何度も言ってくれたから、影山は君を見つけたんだよ」
「っ、」
「君が呼んでくれたから私は君を守れる。だからありがとう」
「まあ、守り切れるかどうかはこっからだけど」
「悠毅、当たり前のこと聞かないで。守り切るよ」

光が増える。
カリムの魔法と影山くんの魔法が弾け飛んで風が巻き起こってる。
箒の上で俺を支える横原くんと荻町さんは、戦いから目を逸らさずにそっと地面に降り立った。
はいって渡された自分の杖を見て徐々に状況を理解する。
カリムに攻撃を仕掛けたのは影山くんで、その隙に俺を助けてくれたのはこの2人だ。
それで今、他のメンバーもカリムと戦ってる。

「荻町!拓也から預かってきたよ!」
「ありがとう!」

俺がどこかに落として影山くんが拾ってくれた羊皮紙。
一部が破れて見えないけど、重要なところは大体残ってる。
パッと見て内容を理解したのか、荻町さんはすぐに箒を掴んだ。

「主犯はカリム家。そこの当主が呪いを作ってる。佐藤家は人質を取られて従ってた。呪いの実験台に選んだのがホグワーツってところ?」
「警戒心が薄い子供が集まったここが実験場にされたってことか」
「じゃああいつは?」
「カリム家の三男坊だよ」
「自分がやりたかった役割を取られて逆ギレしたみたい」
「で?どうする?主犯抑えねえと」
「カリムの三男坊は影山に任せる。椿と大河もいるし、絶対負けないよ。基、魔法省の人と連絡取れる?たぶんもう闇祓いがこっちに向かってると思うけど、一応連絡して」
「わかった」
「悠毅、私たちはホグワーツに戻ろう。正直呪いの解き方が分からない。でもダンブルドア先生が異変に気付いて戻るまで、ううん、せめて闇祓いが来るまで誰も死なせなければ私たちの勝ちだ」
「ひえー、俺も戦うのか」
「私1人でも行くけど」
「エマ1人では行かせないって」
「じゃあ行こう。……新?」
「は、はい」
「君は安全なところにいて。奏と一緒に」
「でも、」
「君はこの事件のすべてを知ってる。君になにかあったらこの事件を終わらせられない。だから絶対に生きて。大丈夫。君も佐藤家も絶対に守るから」
「新!!!大丈夫!?怪我ない!?」

なんで助けてくれる?
なんで守ってくれる?
なんで笑ってくれる?
わからないことばっかりなのに、荻町さんはそれを聞く暇を与えてくれない。
まるで助けることが当たり前みたいに笑うんだ。
奏くんがぎゅって俺を抱きしめたから動けない。
その間に荻町さんも横原くんも基くんも箒に乗って散ってしまった。
攻撃魔法がぶつかる音が響いてる。
影山くんと椿くんと大河くんが戦ってる。
いろんな場所で、皆がホグワーツを守るために戦ってる。
俺も戦いたい。
守られてるだけじゃなくて、守るんだ。

「奏くん!俺に考えがある!」



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