014



「なあなあ!なんか修学旅行みたいじゃね?」
「はい消灯しまーす」
「もってぃ厳しいな!もうちょっと話そうよ!」
「こんな機会滅多にないぜ?寮が違うメンバーが一緒に寝られるなんて!」
「あんまり騒ぐと傷が開くよ」
「大丈夫だろ!たぶん!」
「たぶんかい」
「影山くんが1番怪我してんだから大人しくしてなよ」
「カリムめっちゃ強かったらしいね」
「でも勝ったの俺らなんで!」
「俺らなんで!!!」
「ドヤ顔すごく嫌」

“Wildlife “の部屋は天文学の倉庫だからか、杖を振ったら星空が現れた。
キラキラ光る星空の天井を見ながら周りを見渡せば、ベッドに寝転がったままお互いにくすくす笑い合うメンバーがいる。
ベッドが8つ。
それぞれにカーテンはついてるけど、ほとんど開けっ放し。
大事件が解決した後の夜、ここだけじゃなくて大広間や教室も生徒で溢れてる。
みんなの不安を消すかのように、医務室がいっぱいだから先生方が見守れるように。
今日だけは寮も学年も関係なく、みんなで集まって夜を明かす。
そんなダンブルドア先生の計らいだったけど、まるで修学旅行みたいでわくわくする。
奏は隣のベッドにいた新に『しゅうがくりょこうってなに?』って聞いてたけど新も『さあ?知らない』って首を傾げてた。
マグルの世界じゃ当たり前の行事だけど、魔法界にはないのかもしれない。
わちゃわちゃ話すみんなだけど所々に包帯してて、ダンブルドア先生が言ったようにボロボロだ。
怪我してるしズキズキ痛む。
でも、みんな生きてる。
新も笑ってる。
これも全部、エマが守ったからだ。
エマが全力で戦ったからだ。
そう思ってエマのベッドを見たら、閉まってたカーテンがタイミングよく開いた。

「エマ?どこ行くんだよ」
「すぐに寝れそうもないからちょっと外行ってくる」
「じゃあ俺も行く!」
「1人で大丈夫。奏は新の隣にいてあげて?」
「でも、」
「ダンブルドア先生も言ってたでしょ?『もう危険な目に遭うことはない』。大丈夫、杖持ってるし。私強いよ?」

奏に笑いかけたエマは1人で部屋を出て行ってしまった。
わかりやすく杖を振ったのは奏に対する『大丈夫』アピールなんだろう。
強いのは事実だけど。
パタンって閉じた扉をじーっと見てたら、横原がため息を吐いた。

「1人にしてやんなよ。たぶん、大反省会してるから」
「大反省会?」
「大反省会。エマもさ、たまにめちゃくちゃ落ち込むんだよ。もっとこうした方がよかったーとか、なんであの時守れなかったんだろーとか」
「考え込んじゃうんだよね」
「なんで?荻町さんはみんなを守ったよ?俺のことも守ってくれたし、俺の家族も守ってくれた!反省することなんてないのに」
「そうだけど、それでもエマは納得しないからさ」
「……俺行ってくる」
「え!?」
「影山くん行くの!?」
「なんかよく分かんないけど、1人にしたらだめな気がする!」
「拓也は相変わらず直球だな」
「かげ、これ持っていきなよ」
「一応、杖もね」
「ありがとう!」

たぶん、勘。
根拠なんてない。
理由もない。
衝動的な行動だけど、きっと間違ってない。
椿くんが渡してくれたブランケットを持ってエマを追いかけた。
どこにいるのか、なんとなくわかる気がした。

北塔の1番上。
屋上に続く石の螺旋階段の途中には大きな窓がある。
窓って言ってもガラスはないし壁に穴が空いてるだけだから、冷たい風が吹いてて肌寒いくらいだ。
そこに腰掛けたエマは湖をじーっと見ながら自分の手を握りしめてた。

「よかった…、誰も死ななかった…、守れた…」

まるで自分に言い聞かせてるみたい。
溢れそうになる涙をグッと堪えて、ただただ祈るように指先を擦り合わせてる。

『っそれに!エマがみんなを守ってたらさ、……誰がエマを守るんだよ』

前に俺が言った言葉をここで実感する。
エマはずっと守ってた。
新も、新の家族も、俺らも、ホグワーツも。
力強く杖を振る手が、本当はこんなに小さくて震えてたなんて誰も知らない。
誰にも、見せない。

「エマ」
「っ、影山…。なに?」
「俺も寝れないから部屋出てみようかなって。隣、いい?」
「…うん」

即答はしなかったけど断られなかった。
窓枠に腰掛けたら思ったより狭くてお互いの膝が当たってしまいそう。
風が冷たい。
また指先を擦り合わせたから、ブランケットを肩にかけて2人で包まった。

「ちょ、待って、近いよ」
「寒いじゃん」
「じゃあ部屋戻ればいいのに」
「手、震えてる」
「っ、」

パッと目を逸らされたけど俺は逸らさなかった。
そっと触れたエマの指先は震えてた。
寒さじゃないことなんて分かってる。
これは、恐怖だ。
ふはって笑った顔は自嘲だ。

「ほんとだ。手震えてる。笑っちゃうよね、荻町家の当主が震えてるなんて」
「エマは荻町エマだろ?震えてて何が悪いんだよ。怖いって思うことは普通だ」
「普通、か…。私は普通じゃないから」
「みんなを守れてよかった、誰も死ななくてよかった。そう思って震えるのはエマだけじゃない。俺だって怖いよ。怖かったよ」
「…うん、怖かったよ。新が、いや、新じゃなくても、誰でも、たとえカリムでも、死んじゃったらどうしようってずっと怖かった」

月明かりしかない。
誰もいない。
この世に2人しかいないようなこの狭い世界で、エマが少しだけ心を開いた気がした。
その頑なに守ってきた”荻町家の当主”を、解いた気がした。
トンってエマのおでこが俺の肩に当たる。
じんわり、熱が広がる。

「…ごめん」
「…うん」
「嫌ならすぐ離れる」
「嫌じゃないよ」
「…ありがとう」
「なんで怖いの?」
「……」
「……人を、殺してしまったから?」
「っ、……うん」

エマの身体が固まる。
まるで鉛みたいに重くなる。
ヒュッと吸い込んだ息と詰まらせた喉と氷みたいに動かなくなる身体は、あの時、おじさんの前で泣きそうに俯いたエマと同じだ。
“盾”の一族、なんて大きなものを背負った背中じゃなくて、ただ1人の小さな女の子だ。

「お父さんとお母さんが死んじゃった年の冬に私は、……男の子を殺してしまった」
「…うん」
「同い年くらいのマグルの男の子。死ぬ理由のない命だった。私が助けようとしなきゃその子は生きてた。今もきっとどこかで幸せに笑ってた。その命を私は、奪ってしまった」
「…うん」
「早く当主になりたかった。お父さんみたいな強い”盾”になりたくて、だからがむしゃらに叫んで、その子を守りたくて、でも守れなかった。その子が冷たくなっていく感覚がまだ残ってる。今もね、怖いの」
「……」
「守れなかったらどうしよう、死なせてしまったらどうしよう、私のせいで殺してしまったらどうしようって、本当は、ずっとずっと怖い」
「……」
「……」
「……」
「……影山が泣かないでよ」
「泣いてないよ」

嘘じゃない、泣いてない。
泣いてるのはエマだ。
ずっと泣いてるんだよエマは。
ずっとずっと、弱い自分を無理矢理隠して戦ってる。
人を殺してしまうのが怖い。
戦うのが怖い。
でも守り切らなきゃいけない。
1人も取りこぼせない。
自分1人で全員を守らなきゃいけない。
そんな”盾”の思想に囚われてる。
エマからは『助けて』って聞こえない。
聞こえないけど、でも、震えてる指先に触れたらわかるんだよ。
伝わるんだよ。
エマはずっと『助けて』って叫んでる。
泣き虫で臆病者で弱虫で、それでもみんなの前では笑うヒーローなんだよ。

「俺も守る」
「……」
「助けてって叫んでる人を全員、1人残らず、敵も味方も関係ない、みんなを守る」
「……」
「そう決めた。絶対だ」
「…かっこいいね、影山。まるでヒーローみたいだ」

違うよ。
俺はヒーローなんかじゃない。
まだまだ足りてない。
あの時俺を救ってくれたヒーローみたいになりたいんだ。
エマのことも助ける、最強のヒーローになりたいんだよ。

「……」
「……」

風が吹く。
エマのふわふわな髪が揺れて、顔にかかったからそっと耳にかけた。
触れた耳が熱い。
いつのまにかなくなった距離と感じる息遣いにさっきまでとは別の意味で指先が震えた。
触れる前に、エマが息を吸い込む。

「っくしゅん!」
「ああ!ごめん寒いよな!?ブランケットもっとそっちに、」
「痛っ、」
「え?」
「包帯外れたかも」
「まじで!?ちょっと見せて!」
「ええ!?ここで!?」
「大丈夫!変なことしないから!」

ほんとか?って疑いの目で見てきたエマを安心させるようにパッと両手を挙げたらなんとか納得してくれた。
エマは今日の戦いで背中から攻撃を受けて怪我をしている。
医務室がパンパンだったから保健委員の生徒に治療してもらったけど、結び目が緩かったのかもしれない。
2人で包まってたブランケットでエマを包み込むと、こっちに背中を向けてパジャマのボタンを外した。
肩からするって服が落ちる。
長い髪を前に持っていく仕草にドキドキしたけど、邪念を捨てて外れた包帯に触れた。
下着の肩紐は見ない見ない見ない…。

「どう?包帯巻けそう?」
「巻き直せるよ。あー、血が出ちゃってる。痛いよな?」
「大丈夫。エピスキーで耐えられるよ」
「じゃあ魔法かけとくな?でも明日の朝マダムポンフリーのところで治してもらおう」
「うん、ありがとう」
「エピスキー(癒えよ)。……っ!?」
「ひゃあっ!?」

杖先から出た光が傷口を包み込んで閉じていく。
肌に残ってた傷口に血が集まってきゅっと閉じて、その上に包帯を巻こうとした時だった。
月明かりが落ちる。
エマの白い背中に光が当たって、”それ”ははっきりと俺の視界に入ってきた。
中途半端に脱いでたパジャマを掴んで引っ張ったら下着のホックまで外気に晒される。

「か、かげやま!?なにして、ひゃっ!?」

ホックの上、左側、ちょうど心臓の裏側のあたり。
触れてなぞったらエマの身体がぴくんって動いた。
なんで、なんでこれがエマに!?
“それ”は青い炎。
熱い炎が揺らめくような綺麗な痣。
凍えるような雪山で俺を救ってくれた女の子の背中にあったものだ。
あの日、俺を救ってくれて俺の世界を変えてくれたヒーローの背中にあったものだ。
見間違えるはずがない。
何年経とうが忘れるわけない。
その炎は俺の目に焼き付いて離れないんだよ。

「っエマ!」
「わっ、」

確かめたい。
確かめなきゃいけない。
あの日、雪山で俺を救ってくれたヒーローはエマなのか!?
エマが俺の世界を変えてくれたのか!?
ぐりんってエマの身体を強引に動かしたらバランスを崩した。
窓枠に腰掛けてた身体が落ちそうになったから慌てて受け止めたらそのまま押し倒してしまった。
辛うじてブランケットで胸元を隠してたけど、白い首も鎖骨も肩からずり落ちそうな肩紐もバッチリ見えてしまったわけで。

「あ…」
「……」
「ごめ、」
「最っっっ低!!!」
「ぐふっ!!!」

え、詠唱破棄…!
なんの魔法かけられたのか分からなかったけど、ものすごい力で殴られて身体が吹っ飛んだ。
頭打って星がチカチカしてる。
謝りたいのにぐわんぐわんする頭じゃなにも言葉が出なくて、その間にエマは走っていなくなってしまった。

「私に触らないで!!!」

涙目でそう叫ぶエマに謝ることもできずに痛みに耐えるしかない。
たぶん、傷口開いたかも……。

「なんで…、え、まじで?なんで?」

冷静になんてなれない。
あの炎は、俺を救ったヒーローのものなんだ。
なんでエマに青い炎が?
じゃあ、もしかして、あの時の女の子はエマだったのか?



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