003



やばい!
取り逃した!

「基!指示!」
『そこ右!』
『なんで離しちゃったんだよかげ!』
「ごめん!」
「うわあ!…こらカゲヤマ!またお前、」
「ミスターフィルチすみません!罰則はあとで受けますから!っ待てー!」

目の前5m先に目標、こげ茶の毛並みの猫ちゃん。
脱走してから3日経っててやっと見つけた時には東塔のてっぺんで震えながら縮こまってた。
誰かにいじめられたのか、他の動物に酷いことをされたのかもしれない。
すっかり怯え切ってしまった猫ちゃんは俺が全速力で追いかけても追いつけないくらい死に物狂いで逃げている。

「ごめん!そこどいて!」
「タクヤ!?」
「ヘイ!タクヤ!追いかけっこかい?」
「人助け!」
「ワオ!そりゃ大変だな!」

友達の声に応えてると『ふぅー!』って煽る声が聞こえた。
授業が終わるタイミングと被ってしまって廊下には生徒が大勢いる。
ちょこまかと動き回る猫ちゃんを捕まえるのは至難の業で、俺の脚じゃ追いつけないかもしれない。
どうする?
そもそもさっき捕まえたのに俺が離しちゃったのがいけないんだけど。

「かげ!」
「おー大河!」
「どっち!?」
「あっち!」

廊下の角で合流した大河と顔を見合わせてまた猫ちゃんを追いかけるけどさっきより距離が開いちゃってる。
中庭を駆ける猫ちゃんの姿はもう豆粒くらいだ。
もう追いつけないかもって唇を噛んだ時、頭上から『かげ!』って声が聞こえた。

「これ使って!がちゃんも!」
「椿くんナイス!」
「これクディッチの?」
「いや授業用のぼろいやつ拝借した」
「盗んだの間違いじゃ…」
「ぼろくてもじゅーぶんだ!」
「でも減点確定」
「気にすんな!」
「かげがそれ言うな」

中庭の向かいにある塔の窓から椿くんが投げてくれたのは2本の箒。
ぼろくてもなんでも、箒があればこっちのもんだ。
『タクヤ!ここで箒乗ったら減点だよ!?』って慌ててるグリフィンドールの友達にごめんって両手を合わせながら、跨って地面を蹴った。
見える景色が一瞬で変わる。
周りの景色は一瞬で後ろへ、風を切って俺の身体は前へ。
魔法使いになれて一番良かったことは、まるでヒーローみたいに空を飛べることだよな。

「にゃー!にゃー!」
「怖くないぞー!こっちにおいでー!」
「かげ、ちょっと怖いよ」

箒で飛んでる俺と大河は猫ちゃんに追いつきそうだけど、猫ちゃんも必死に抵抗してくる。
右へ左へ縦横無尽に動き回って、箒に跨りながら追いかけても全然捕まえられない。
どうする?
魔法を使うか?
でもそれは、

『っ拓也!前!』
「やばっ、」

迷ってる間に無線から聞こえてきた基の声に反応できなかった。
猫ちゃんを追いかけてて気づかなかったけどいつのまにか禁じられた森の近くまで来てたみたいだ。
気付いた時にはもう遅い。
目の前には暴れ柳の太い枝がまるで鞭みたいに振り下ろされる。
杖に手をかけた。
いや、俺より猫ちゃんが危ない。
くるくる回る蔦に足を掴まれて苦しそうに鳴いてる。
防御魔法が間に合うか、でもそれより猫ちゃんが、

「っ、」
「…にゃあ?」
「痛、…く、ない!?」

何が起こった?
暴れ柳いっぱいだった視界は青い空に変わってて、腕の中には俺と同じように唖然とした猫ちゃん。
どうやら俺は地面に横たわってるらしい。
え、なんで、さっきまで空飛んでたのに?
目をぱちぱちして状況を理解しようとしてたら、上から顔を覗き込まれた。

「エマ!?」
「影山、なにやってんの?」
「エマが助けてくれたのか!?」

ガバって起き上がったら嫌そうな顔して後ずさった。
あ、暴れ柳あった。
この距離があれば暴れ柳は攻撃できないだろう。
そっか、エマが助けてくれたなら納得だ。
俺が暴れ柳に突っ込んで攻撃されそうになったから助けてくれたんだ。
その証拠に、エマは持ってた杖をコソコソローブに仕舞った。

「ありがとな!めっちゃ助かった!猫ちゃんも無事だし、ほんと感謝!」
「ここで何してるの?授業とクディッチ関連以外で箒の使用は規制されてるはず」
「猫ちゃんを探してほしいって依頼があったんだよ。走っても追いつけないから箒で!」
「回答になってないね。大河?」
「え!?あー、えっと、……あとで椿くんと一緒に謝るよ」
「回答になってない!そのトランシーバー?っていうマグルの道具、基に繋がってるよね?基!活動日誌にちゃんと書いて提出して」
『…はーい』
「もう、これ以上グリフィンドールから点を減らさないで。今年も1位にならなきゃいけないんだから」

さっきの魔法、どうやったんだろう。
攻撃魔法なのか?防御魔法なのか?
呪文が聞こえなかったってことは詠唱破棄して魔法を使ってる。
暴れ柳にも俺にも猫ちゃんにも、もちろんエマ本人にも怪我はない。
誰も傷つけずに全員を救った。
やっぱり荻町エマはすごい。
誰よりも強い。
俺が抱いてる猫ちゃんをじっと見て少しだけ目を細めたエマは、しゃがみこんでその頭を優しく撫でた。

「なんで魔法使わなかったの?」
「え?」
「箒なんか使わなくても魔法使えば猫一匹くらい簡単に捕まえられたはず。それにさっき、箒離して猫を庇ったよね?猫を諦めてたら影山は魔法で自分のこと守れてたよ」
「そんなの俺が嫌だから」
「……」
「ただでさえ怯えて逃げてんのに、人間から魔法かけられたら怖いじゃん。俺はこの子にそんな思いさせたくなかったからさ。それに俺が怪我してもすぐ治るけど、この子が怪我したらこの子の主人が悲しむじゃん」
「…そう」
「まあ結局フィルチに見つかったし勝手に箒使ったしエマにも助けられちゃったけど。こりゃグリフィンドール減点だな」

へへへって笑ったら面食らったような表情したエマは立ち上がって遠くに立ってた横原と奏の方に歩いていってしまった。
その複雑な顔はなんなんだろう。
知りたいけど、なんて聞いたらいいのか分からなかった。

「影山くーん!大河くーん!エマは2人に怒ってるわけじゃなくて、影山くん助ける時にクッキー落としちゃってちょっと落ち込んでるだけだから嫌いにならないでねー!」
「奏!言わなくていい!」

後ろから見ても赤い耳に思わず噴き出してしまった。
そんな理由でちょっと冷たかったのか?
3人揃ってホグワーツに戻っていく背中を見ながら、何度目か分からない誘い文句を叫ぶ。

「エマ!奏!横原!」
「っ、」
「なに?」
「お前ら!“Wildfire”に入らねえ!?俺らと一緒にヒーローになろうぜ!」
「……影山くん、口でかくね?」
「あと声大きい。あれで地声って信じられない」
「入りませーん!!!」

またフラれた!!!



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