019



豪華な入り口を想像してたのに、蝋燭の明かりだけで薄暗い入り口を見てぽかんって口を開けてしまった。
立っているのは従者1人だけ。
フードを深く被ってるから顔すらも分からないけど、奏くんが気にせず話しかけたってことは荻町家の人なんだろう。

「松井奏、佐藤新です」
「招待状と血判を」
「はい。新?一瞬痛いけど血判お願い」
「うん」

杖を一振りすれば指先から血が出てきた。
ぷくってなったその血をエマから渡されてた招待状につけると、招待状そのものが一瞬で燃え上がった炎が身体全体を包み込んだ。
熱くないし痛くもない。
その炎は俺と奏くんの身体の中に溶けていって、自然と消えていく。
なんとなく、身体がぽかぽかした気がする。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

扉の向こうは薄暗い廊下だ。
両脇の壁にはなにもかかっていなくて、朱色の壁紙が厳かな空気を出している。
奏くんから杖を仕舞うように言われて慌ててドレスローブの内ポケットに仕舞いこんだ。

「ここ、誰のお屋敷なんだろう」
「ゴドリック・グリフィンドールが所有してたお屋敷っぽいけど、俺も詳しくは知らない。エマの叔父さんが選んだみたいだね」
「なんでわざわざここで?エマの家でやればいいのに」
「継承式っていろんな人が集まるからね。会場も参加する人もバレちゃだめなんだよ。だからセキュリティも厳しいし、結界で守られてて叔父さんが解除しない限り外にも出られない」
「荻町家のことは俺もある程度は知ってるけど、継承式ってそんなに大事なものなの?」
「形だけだよ。実際、荻町家が没落寸前っていうのはみんな分かってる。でもさ、名家って伝統にこだわる人が多いから。……エマに賛同してる人なんてほんの一握りだよ」

その言葉と奏くんの鋭い視線の意味は会場に入ってすぐに実感した。
薄暗い廊下の突き当りの扉を開けると一気に光が溢れ出す。
グリフィンドールの赤で彩られた会場の中には新聞や本で見たことがあるような有名人ばかり。
魔法省の役人やクディッチの選手、アズカバンの看守長……、他にも滅多に会えないすごい人ばっかりだ。
なるほど、これが荻町家の人脈。
ルイースがなんとしてでもエマと仲良くなりたかった理由が分からなくもない。
大人ばかりの会場で子供の俺たちは浮いてる。
どこに行こうかとキョロキョロしてたら、壁の近くで立ってた横原くんを見つけた。

「よこぴー!」
「おー、新と奏じゃん。いつ来た?」
「今来たばっかり。よかったーよこぴーいて。大人ばっかりだから緊張する」
「俺らももう成人してるから大人だけどな」
「エマは?」
「あそこ。猫かぶりお人形タイム」

お人形タイム?って首を傾げたけど、指さした方向を見たら納得した。
会場の一番奥に、赤いドレスを着たエマがいた。
いつもより濃いメイクでいつもと全然違う貼り付けたような笑みで招待客に笑いかけてる。
気になったのは立ち位置。
エマの前にエマの叔父さんが立ってて、招待客は叔父さんにばかり話しかけてる。
『エマに賛同してる人なんてほんの一握りだよ』って言ってたのはこういうことか。

「あいつ、いつまで経っても四面楚歌だよな」
「そうかも。結局、エマ賛成派ってほとんどいないんだっけ?」
「いないわけじゃないけど少ないよ。…ほら、また理人さん派が来た」

不自然に視線を逸らしたのは、叔父さんに挨拶した人が横原くんの両親と家族だからだろう。
本人はなにも言ってないけど、ドレスローブについてる家紋が同じだ。
横原くんはもう何年も家に帰ってないって言ってた。
だからきっと、ここでも2人に話しかけたりはしない。

「奏、今何時?」
「11時48分」
「あと10分くらいで式始まるな。2人ともなんか食った?あっちにビュッフェあるから今のうちの食べた方がいいよ」
「よこぴー食べたの?」
「食べた」
「エマは食べたのかな?」
「どうだろう。食べてなくても俺らが近づけるタイミングなんてないぜ?」
「……ん?」
「新?」
「……」
「どうした?」

奏くんの問いかけを無視して会場をずんずん進んでいく。
見間違い?
人違い?
さっき奏くんがここのセキュリティはすごい厳しいって言ってた。
それは本当だと思う。
でも穴がないわけじゃない。
完璧な魔法なんてない。
この世界では次々と新しい魔法が生まれていて、自分の姿を偽ることなんて簡単にできてしまう。
俺が知らないだけで、ここのセキュリティを突破する方法なんていくらでもあるだろう。

「止まってください」
「……」
「新?」
「止まって」

横原くんの両親の後ろに並んでた1人の男。
なにもおかしいところなんてない普通の青年に見えた。
顔に見覚えはない。
どこかの誰かも分からない。
急に引き留めたからエマが俺を見た。
ローブから杖を出してその人の向けたら、周りにいた人がザワッてなって俺から離れていく。
エマと叔父さんの周りにいた従者が俺に杖を構えた。
でも俺は杖を下ろさない。

「新、どうし、」
「カリム」
「は?」
「右手、ゆっくり上げてください。袖に持ってる杖はカリムの杖ですよね?」
「え!?」

さっきすれ違った時に見えた袖口。
上品な黒いドレスローブの右の袖口が一瞬光った。
間違いない、カリムの杖だ。
ホグワーツで呪い感染事件を引き起こした張本人、カリム家の三男が持ってた杖だ。
杖の柄に宝石が埋まってたからよく覚えてる。
この世に二つとない杖だ。
なんでカリムの杖を持ってる?
もしかしてカリム本人?
あんな事件があったらならこんなところにいるわけない。
会場内が一瞬で緊迫した雰囲気に包まれた。
俺と荻町家の従者に杖を向けられても男は動かなかった。
それどこか紳士的に笑って、両手を上にあげた。

「上げましたよ。これでよろしいでしょうか?」
「杖を離してください」
「杖など持っていません」
「嘘だ。袖口に隠しましたよね?」
「……隠していませんよ」
「青く光ったのが見えました。カリムの杖にはアクアマリンが埋まっている」

視線が右手に集まる。
そこに隠していたのは絶対に見間違いじゃない。
光ったんだよ柄の宝石が。
男は数秒黙った。
黙って、俺を鋭く睨みつけて、笑った。

「違いますよ。アクアマリンじゃない。私の杖は、……エメラルドだ」
「っ、」

緑の光!?
避けきれない!?


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