021



悲鳴と光と風と声。
厳かな雰囲気だった会場は一気に地獄絵図だ。
この光景を見るのは2回目。
でもホグワーツの時よりも酷い。
あの時の感染者は学生だったけど、魔法の知識も経験も豊富な大人が感染するとこんな地獄になるのか。
まるで戦争だ。
襲う者と襲われる者、それを守ろうとする者。

「結界を壊さずに外に連絡する方法はないんですか!?」
「ない。私が張った結界は強力だ。ハエ一匹も通さない」
「でもそれじゃあみんな死んでしまいます!」

家柄とか立場とかもう関係ない。
会場の隅に避難したエマの叔父さんに詰め寄ったけど従者に止められてしまう。
叔父さんがこの建物全体に結界を張ってるからこの人は絶対に守らなきゃいけないのは分かってる。
でも、エマとよこぴーが戦ってるのになにもできないなんて…!
唇を噛んだ時、すぐそばにあった大きな花瓶に二つの影が吹き飛ばされてきた。

ガシャーン!!!

「うわ、」
「エマ!?よこぴー!?」
「痛っ、え、やばい、強い、」
「あいつ誰?」
「アズカバンの看守長」
「…そんな奴招待すんなよ」
「そんなこと言ったって、…っプロテゴ(護れ)!!!」
「っ、」
「松尾!ちゃんと叔父様守れ!」
「は、はい!!!」

強い、強すぎるよ。
いろんな犯罪者を牢獄に入れてきたアズカバンの看守長が感染した。
あまりにも強すぎる。
2人を見ながらノールックで叔父さんに攻撃してきたもん。
エマもよこぴーも怪我してるとかそういうレベルじゃない。
出血もしてるし骨も折れてるし、たぶん魔法で無理矢理動かしてる。
言葉遣いが荒くなった。
指示された従者の松尾さんは叔父さんの前に出て杖を構えた。
会場の中はざっと見てもう半分が発症してる。
時間の問題だ。
こんな状態じゃ全滅するに決まってる。
どうしたら外に連絡できる?
どうしたら…、

「エマ!!!」

焦った声にハッとする。
看守長と対峙してたエマの後ろで人影が動く。
その女性はさっきエマが助けた人だ。
感染者から襲われてたところをエマが助けた。
でもそれは数秒前の話。
顔色が一気に悪くなって、握ったのは杖じゃなくてナイフだ。
ビュッフェに使われて床に転がってたナイフを持って、エマの背中に静かにそれを突き刺した。
やめろ!

「っ!?……叔父様、」
「痛っ、」
「叔父様!?」
「プロテゴ(護れ)!」
「エクスペリアームス(武器よ去れ)!」
「っまじかよ!」
「奏くん!こっち!」
「叔父さん!?しっかりして!」
「叔父様!?叔父様!?」
「エピスキー(癒えよ)!」
「頼むから死ぬなよ理人さん!」

叔父さんの脇腹から溢れた血がエマの赤いドレスをどんどん侵していく。
同じ赤なのに全然違う。
こんな焦った顔したエマ見たことない。
ずっと握ってた杖は床に落としたまま、エマを庇って刺された叔父さんを抱き留めて何度も何度も叫んだ。
治癒魔法を使ってるけど血は止まらない。
なんで?
なんで!?
思ったより深く刺さって治せない!
暴れ回る看守長と戦うよこぴーもそこに加わった新も、俺たちを囲んで守る4人の従者も、もう限界だ。
これ以上は持ちこたえられない。
薄ら目を開けた叔父さんは、自分の手を握ってたエマの手を振り払った。

「エマ、あと数秒後に私の張った結界が解ける。一瞬だ。一瞬で助けを呼んで今度はお前が結界を張れ」
「…わ、私、叔父様ほど強い結界は張れな、」
「お前は誰だ?荻町家の当主だろ」
「っ、」
「やれ。守れ。誰も死なせるな。お前は“盾”だろう?」
「……」
「やりなさい。荻町家の人間はそれが使命だ」
「……」
「…お願いだ、エマ」
「叔父様、」
「私だって、…小さなお前にこんなことを頼みたくはないんだ」

使命なんかじゃない。
命令でもない。
最後のお願いがきっと叔父さんの本音だ。
ここにいる人を誰も死なせたくないっていう、荻町理人の願いだ。
エマは振りほどかれた手をまた握った。
強く握って、離さなかった。

「はい…!」
「……エマ、なんでもいいから魔法を」
「え?」
「まだ未成年だから”におい”がある。きっと魔法省が気づいてくれる。魔法省が気づいてくれなくても、……基くんが見てくれる」

空気が変わる。
ドッと身体が重くなった気がした。
エマが俺たちにかけてくれてた治癒魔法が解けて呪いが回ってくる。
叔父さんが目を閉じた今、結界が解けた。
すぐにエマが杖を振って結界がかかる。
その一瞬。
意識を手放す叔父さんの手を握りしめて、祈るように呟いた。

「影山、助けて…」

エマが誰かに助けを求めたのは、これが初めてだった。


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