023



大好きだった赤色が、今は世界で一番怖い色だ。
“盾”の継承のために用意された会場いっぱいの赤。
キラキラしたドレスの赤。
グリフィンドールのローブの赤。
それが今は血の赤ばっかり。
半分以上が感染してどんどん人が倒れていく。
助けても守っても、発症したら今度は倒さなければならない感染者になる。
いつまで守ってもキリがない。
それでも守らなきゃ。
“盾”にならなきゃ。

「かはっ、」
「悠毅、…うっ、」

看守長に殴れらた悠毅に気を取られてたら別の人の攻撃をくらった。
やばい、血流れすぎ、頭痛い。
ううん、頭だけじゃない、身体全部痛い。
だめ、集中しろ、結界が解けたら全部終わりだ。
投げ飛ばされた身体をなんとか起こそうとしたら、倒れたテーブルの裏に隠れる人達と目が合った。
ああ、この人達はまだ感染してない。
よかった。

「助けて…」
「っ、」
「助けてよ、あなた荻町家の当主なんでしょ?」
「……」
「早く助けてよ…!あなたでも横原家の長男でもどっちでもいい!誰でもいいから早く私を守りなさいよ!」

分かってるよ、大丈夫、助けるから、大丈夫だってば、誰だろうと助けて見せる。
あなたがどこの誰だろうと、私をよく思ってない家の人だろうと、守ってみせる。
絶対死なせない。
死なせるわけにはいかない。
そう思うのにもう声が出ない。
頭が痛い。
どうしよう、痛い、

「エマだけに頼んなよ!!!」
「っ!?」
「奏…」
「お前らが馬鹿にして嘲笑って傷つけた人がお前らのために命かけて戦ってんだぞ!?逃げんな!エマだけに頼んな!よこぴーを軽く見んな!お前ら、誇りある家と誇りある仕事してる立派な大人たちだろ!?荻町家とか横原家とか関係ない!“自分”に矜持があるなら今すぐ杖を持て!!!」

張り裂けそうになる喉から叫んだその声は、戦いの音で満ちてるこの会場内でもよく聞こえた。
届いてた。
今ここで生きてる人に届いてたよ。
ありがとう奏。
ありがとう…!
喉が張り裂けようとも叫べ、私。

「意識ある人!自分をしっかり持って!発症しないで!どうしたら呪いが発症しないのか分からないけど!なんとか持ちこたえて!絶対助けるから!なんとかするから!お願いだから力貸してください!!!」

『なんとかする』なんて無責任な言葉、初めて使ったかもしれない。
私は絶対使っちゃいけないよね。
でも、皆に頼らないともう無理かも。

「……っ、」

ああ、伝わる、伝わってる。
彼女の目に光が戻った。
ううん、彼女だけじゃない。
怯えて逃げて背中に隠れてた大人たちが杖を構えた。
目に見えない恐怖に立ち向かった。
力を貸してくれた。
戦いの音が増える。
でも防戦一方だったさっきとは違う。
みんな戦ってる。
奏の叫びに応えてくれたんだ…!
よかった、これならまだ、っ、頭痛い、痛い、待って、やばい、視界、グニャってなって、

「っ、」
「エマ?」
「う、あっ、」
「エマ!?」
「嘘だろ、エマ堪えろ!」
「エマ!」
「お前が落ちたらまじでやばいって!」

分かってるよ、待って、身体震えてきた。
自分で分かる、呪いが回ってきてる。
頭が痛いのに頭が冴えていく不思議な感覚。
杖を持つ手に力が入らなくて落としてしまった。
嘘でしょ、立てない。
目も開けられない。

「エマ!」
「はぁ、はぁ、はぁ、こないで、みなと、」
「でも、」

魔力の流れが見える。
奏の血の流れも見える。
どこを狙ったら殺せるのか、分かってしまう。
だめ、え、待って、本当にまずい。
気を抜いたら結界が解けてしまう。
それか、詠唱破棄した魔法で奏を殺してしまう。
それは絶対に嫌だ。
耐えろ、耐えるしかない。
ぼやける視界の中で悠毅が看守長にまた殴られたのが見えた。
従者の和田さんが発症して、叔父様を看てた新に襲い掛かる。
奏が私の手に触れたけど、触れられた感覚がもうない。
結界、もう維持できない。
どうしよう、守れない、皆を守れない、私、また人を殺して、

「エマ」
「っ、かげや、なんでここに、」
「大丈夫だ!守る!」
「……」
「エマも横原も奏も新も、ここにいる全員守るから!だから大丈夫だ!」
「……あはは、回答になってないよ」

回答になってないし、なんでここにいるのか分からないし、なんでそんなに笑ってるのか分からない。
でも一番分からないのは自分の気持ちだ。
影山が助けに来てくれた。
たったそれだけの事なのに心がフッと軽くなるんだ。
伸ばしてくれた手を躊躇いもなく掴めるんだ。
守らなきゃいけない私が、守ってほしいと、決して願ってはいけない願いを、自然と口にしてしまうんだ。

「…影山、助けて」
「うん」
「お願い、助けてほしい、悠毅も奏も新も、叔父様も、ここにいるみんな、全員、守りたいの、私が守らなきゃいけないの」
「うん、分かってる」
「でも私、たぶんもう無理、発症する、戦えない、守れな、」
「大丈夫だ!俺だけじゃない!基も大河も椿くんも来たから!先生も闇祓いもいる!助ける!エマが守ろうとしたもの、俺も一緒に守るよ!それと、…… エマは俺が絶対守る!」
「影山、……ありがとう!」

頭が痛い。
私の中で魔力が渦巻いてる。
もう限界だ。
私の杖はもう落としてしまった。
影山の杖を持つ手をぎゅって握りしめたら、それよりはるかに強い力で抱きしめられた。
ぎゅうって、強く。

「……」

影山がどんな魔法をかけたのかさえも聞こえない。
ゆっくり意識が遠くなっていく。
発症して誰かを傷つける前に、私は意識を手放した。


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