024



「なぜ君がここにいる?」
「へ?」
「あはは、」

開口一番。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院で目を覚ました理人さんは、自分の顔を覗き込んできた影山くんを見て眉間に皺を寄せた。
うん、そうだよな。
それが正解の反応だよ。
身体を起こそうとしたから慌てて影山くんが背中に手を添えた。
理人さんが起き上がれば隣のベッドにいた俺も視界に入る。
ペコって会釈したけど、理人さんは表情を変えずに問いかけてきた。

「どうなった?」
「闇祓いがカリムを捕まえました。あの屋敷にいた人はみんな無事ですよ。誰も死んでません。呪いの感染は、」
「違う」
「え?」
「エマはどうなったのか聞いている」

驚いた。
まさか理人さんがあの場にいた人たちよりもエマの心配をするとは思わなかった。
荻町家の人間で、理人さんの使命はあの場にいた人たち全員を守ることだ。
だから心配すべきはあの場にいた人たちであってエマじゃない。
むしろエマが死んでしまったとしてもあの場にいる人たちの命を優先すると思ったのに。
俺が返事をする前に、影山くんが笑った。

「エマは隣の病室にいます。ひどい怪我ですけど生きてます。呪いも解けたから、後は目を覚ますのを待つだけです」
「…そうか」
「はい、あなたの家族は無事です」
「なら、なぜ君がここにいる?」
「え?」
「君はエマの傍にいるべきだろう。なぜ私の病室にいる?君が守りたかったのはエマだ」
「……あなたが死んでしまったらエマが悲しむから」
「……」
「俺がここにいてもできることなんて何もないですけど、心配で。もしあなたに何かあったらエマが悲しむと思ったのでここにいました」
「……」
「エマは大丈夫です!基と椿くんが見てくれてるので、何かあったらすぐ知らせてくれます。あ、奏と新は別の部屋にいますけど、そっちは大河がいるんで。大丈夫、エマもエマの大事な人も、みんな無事です」

今度は理人さんが驚く番だ。
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったんだろう。
真っ直ぐに見つめる影山くんを見てふぅって息を吐く。
大きく深呼吸をしたら、理人さんが頭を下げた。

「申し訳ない」
「え!?」
「ちょ、ええ!?なんでですか!?なんで謝る!?ええ!?」
「君を殺したのは私だ」
「え、」
「初めて君に会った時に気づいてた。エマの両親が死んだ年の冬、雪山でエマが救った男の子は君だよ。影山拓也くん」
「っ、」
「エマを荻町家の当主にしたくなかった。どうしても私が継ぎたかった。だからあの日、……私が君を殺したんだ」
「……」
「エマは人を殺していない。君を殺していない。むしろ君を守ったんだよ。君の命を救ったのはエマだ。だが、エマが君を殺したことにした。私が私のために、君を殺してエマを人殺しにしたんだ」

5歳の冬。
エマは雪山で男の子を殺した。
遭難した男の子を見つけて、慣れない魔法を使って、暴発して、その子を殺した。
その事実を理人さんは事あるごとに出してエマを傷つけた。
エマに人は守れないんだと。
人殺しは荻町家の当主にはなれないんだと。
影山くんは雪山で女の子に救われた。
まるでヒーローみたいな女の子に救われて、その子に憧れて、魔法使いになって、そして、”Wildfire”を作った。
2人は雪山で出会っていた?
出会って、世界が変わった?
エマは人殺しになって、影山くんはヒーローに憧れた?
理人さんの話を聞いても影山くんは驚かなかった。
ただただ、静かに笑った。

「知ってました」
「っ、」
「あの日、雪の中で青い炎を見ました。俺を助けようとした女の子が魔力が尽きて助けを呼ぶ声も枯れて、だんだん冷たくなる俺を守ろうと服を脱ぎました。冷たくなる俺の身体をぎゅって抱きしめてくれました。その時、背中に青い炎の痣を見ました。…エマの背中に同じものが」
「……」
「エマには言ってません。確かめてもいません。でも俺は確信してます。あの日、俺の世界を変えてくれた人はエマだって、信じてます」
「…エマは、普通の女の子なんだ。小さくて幼い女の子。荻町家の”盾”なんて持つ必要はない。もっと自由に生きてほしいんだ」
「だから影山くんを殺したことにしたんですか?」
「そう。人殺しは”盾”にはなれないんだと諦めてほしかった。家のことなんて忘れてほしかった。全部私に投げつけて自由になってほしかったんだよ。私はあの子に、幸せになってほしいんだ」

理人さんがエマのことをそんなふうに思ってたなんて知らなかった。
5歳で両親を亡くして荻町家の当主になる未来が決まった。
それが理人さんは嫌だったんだ。
小さくて幼い女の子のエマを当主にしたくなくて、辛い役目は自分だけで十分で、だから影山くんを殺したことにしたんだ。
そうすればエマが家から離れると思ったんだ。
そして人を殺した事実を利用して、ずっとエマに冷たく接してたんだ。
でもさ、それって、

「おじさん、めちゃめちゃ不器用っすね」
「あ、言っちゃった」
「だってそうじゃん。エマのことが好きで大事だったってことだろ?だったらそう言えばいいのに」
「そんな簡単な話ではないんだ。家を継ぐというのは複雑で、」
「複雑にしすぎてるだけだと思いますよ?」
「なっ、」
「エマのことが大事で自由に生きてほしいって伝えるだけで解決すると思います!」

うわ、理人さんが押されてる。
目をキラキラさせてそう言う影山くんに何も言い返せなくてぐぬぬってなってる。
こんな理人さん初めて見た。
結果的に理人さんの選択は理人さんが望んだ未来を連れてきてはくれなかった。
エマは雪山で男の子を殺してしまったことを悔やんで、苦しくて、でもそれを糧にして強くなったし荻町家の当主になる覚悟も持てた。
もし今、あの時の男の子が生きていたと知っても、理人さんの気持ちを知っても、エマは当主を降りたりはしない。
お父さんとお母さんの意思を継いで、当主になるんだろう。

「理人さんの言う通り、本当のエマは普通の女の子だと思いますよ。でもあいつはもう”盾”なんです。もうその覚悟があるし、強い。だから理人さんが支えてあげてくださいよ。俺も影山くんも、他の奴らも支えますから」
「……」
「エマの”家族”になってくださいよ」

“家族”ってものがものすごく難しくて、脆くて、簡単に壊れてしまうことを知ってる。
壊してしまったこともある。
でも、またやり直せるかもしれないって思いたいから。
そう信じていたいから。
俺は自分の家族とやり直せるって思いたいから、理人さんも家族を諦めてほしくない。
もちろん、エマも諦めてほしくない。
影山くんが何度も頷いてにかって笑ったら理人さんがまたため息を吐いた。
でもそれは、優しいため息だった。

バタバタと廊下が騒がしい。
病室に駆け込んできたつばっくんからエマが意識を取り戻したことを聞いて、影山くんは駆け出した。



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