027



満月でも三日月でもない、半端な形の月が出てる。
特別なことなんて何もない、なんでもない日。
月の光は明るくて、他に何もいらなかった。
待ち合わせ場所に指定された北塔の大きな窓枠に座ってボーッとしてると、ブランケット持ったエマがトコトコ歩いてきた。

「影山」
「ここ寒くない?大丈夫?」
「影山が寒いなら移動する」
「俺は大丈夫だけど、エマは?」
「…寒くなりそうだから、いい?」

いい?の意味を理解する前に、ふわって背中に広げたブランケットでエマが2人を包み込んだ。
ちょっと前にここで俺がやったことと同じだ。
ひとつのブランケットに2人で包まって、近い距離で目が合ったらエマが照れ臭そうに笑った。

「えへへ、ちょっと緊張する」
「ちょっと?俺はちょっとどころじゃないよ。すごい緊張する」
「そうなの?」
「そうだよ。心臓バクバクいってる」

ぐいってエマを引き寄せて強引に抱きしめたら、エマが擦り寄ってきた。
心臓、左胸に耳を寄せたら俺がどれだけ緊張してるか伝わるはず。
想像以上にバクバクしてたのか、エマが少しだけ笑って顔を上げた。

「ふふ、」
「笑うなよ、恥ずかしいじゃん」
「影山が悪いんだよ」
「なんで俺?」
「影山、どんな魔法使ったのか知らないけど影山といると笑えるの」
「……」
「安心して力が抜ける。自然でいられる。弱い私でもいいのかなって思える。だから、今夜は一緒にいたいって思ったの」

魔法なんて使ってないよ。
俺は何もしてない。
ただ、エマのことをかっこいいと思ってるんだよ。
エマのことをヒーローだと思ってるんだよ。

「明日、当主になるのがちょっとだけ怖い」
「っ、」
「当主になる覚悟なんてとっくにできてると思ってたんだけど、いざその時が来たら怖くなっちゃった。でも影山といたら怖くなくなるかなって。もう二度と誰も殺さない、強い私になれるんじゃないかなって思って」
「……」
「弱虫でも、ヒーローになれるって信じたい」

ぎゅっと抱きしめて服越しに青い炎に触れる。
エマは弱虫なんかじゃない。
ずっとずっと、強くてかっこよくて誰よりも正義感のあるヒーローだよ。
俺の世界を変えたヒーローなんだよ。
エマがいたから俺はここにいる。
エマがいたから俺は強くなれた。
エマが、好きなんだ。

「んっ、」

キスしたら耳元でぽん!って音が鳴った。
空間から現れたのは薔薇の花。
もう一度キスしたら今度はダリアとコスモス。
ぽんぽん鳴る音は止まらない。
キスしても、見つめても、頬に触れても、俺が何かする度にぽんぽん花が現れる。

「っ、ん、待って、ちょっと待って!」

エマが止める頃には周りは花だらけだ。
頭にも肩にもブランケットにもいろんな色の花が降り注いで、月の光でキラキラ光ってる。
それよりもキラキラ光るエマの瞳が綺麗で、じっと見つめたら今度はユリが出てきた。

「ま、魔力が暴発してる…!」
「暴発すると花が出るの?」
「たぶんそうだと思う、こんなことないからわからないけど、」
「俺だけ?」
「え?」
「花が出るのは俺だけなの?」
「……影山だけだよ」
「っ、」
「影山とキスしたらいっぱい出ちゃうの、……嬉しいから」
「……、あはは、」
「ニヤけないで」
「好きって言ったら?」
「っ、」
「俺がエマのこと好きだって言ったら何が出てくる?もしかして、ホグワーツ中に花が降ってくる?」
「わ、わかんないよ、そんなの、暴発したらどうなるかなんてわからないから、言っちゃだめ」
「えー、言わせてよ。それかエマが言って」
「やめて、お願い、私自分の魔力が暴発したらどうなるのか知らないの、花だったらいいけどゴブレット割っちゃったこともあるから怖い、もし影山に怪我させちゃったり誰かを傷つけたりしたくないから、だめ」
「じゃあキスする」
「ん、」
「あはは、今度はヒマワリだ。次は?」
「っ、な、何回するつもり、」
「好きって言っても暴発しなくなるまで?」
「そんなの無理だよ、キスも好きも、嬉しいから、でも暴発して誰かを傷つけなくない」
「それは、エマが荻町だから?」
「……荻町で、”エマ”だから」

好きだと言いたい。
好きだと聞きたい。
エマだけなんだと、エマしか見てないんだと、エマだけをずっと追いかけてるんだと、伝えたい。
でもそれを恐れるなら。
エマがだめだと言うなら。
荻町家の当主としてもエマとしても怖いと言うなら。
俺も周りも、全ての人を守ろうとする弱虫ヒーローがだめだと言うなら。
俺はそんなエマが大好きだから。

今夜、口を噤むよ。
噤んで、言葉がなくても『好きだ』と触れるよ。


backnext
▽今夜、愛を噤むそのわけは▽TOP