006


「……なんで私たちまで?」
「ほら、手止まってんぞエマ」
「早く終わらせないと夜ごはんに間に合わない」
「納得できない!」
「できなくても罰則はなくなんないから」

むすっとした顔でジトーって影山くんを睨むエマは相当不機嫌だけど、不機嫌になったところで罰則は終わらないから手を動かしてほしい。

「ティッシュいる人?」
「あ、俺ほしい」
「俺も欲しい。ありがとう奏」
「いえいえ。エマもいる?」
「…いる」

磨いても磨いても終わりが見えないトロフィー磨きを始めて何時間も経つ。
歴代のクディッチ選手の名前を見て楽しめるのはスポーツ好きな奴だけだろうな。
スポーツに興味ないエマはぷんぷんしながら、ホグワーツの代表的な罰則『魔法禁止トロフィー磨き』をやっている。
昨日、“Wildfire”が請け負ってた猫探しはエマの助けもあって無事に完了したらしく、夜にはマクゴナガル先生に活動日誌が提出された。
で、そこに関係者として名前が書いてあったエマ、奏、俺ももれなく罰則をくらうことになったわけで。
もってぃがトロフィーにたまってた埃をふぅーって吹き飛ばしたらたまたま正面にいたエマの顔にかかって、慌てて謝った。

「ごめん荻町」
「…基でしょ?」
「え?」
「私たちは確かに“Wildfire”に関わったけど、罰則受けるようなことしてない。活動日誌に名前があったくらいじゃマクゴナガル先生は罰則を与えたりしない。つまり可能性は一つだよ。基、…私が箒に乗ったの見たでしょ」
「…あはは?」
「あははじゃない!しかもそれ活動日誌に書いたな?」
「え、基くんどういうこと?」
「もってぃまたあれ使ったの?」
「うわー、バレてる。やっぱエマには隠し通せないか」
「埃取るから許してよ」
「許せるわけない!」

きゃんきゃん騒ぐエマに苦笑いしながら杖を振って埃を取り除くと、今度は興味深々にきゃんきゃん言ってる奏に自慢するようにローブから眼鏡を取り出して見せてくれた。
常にローブの中に入ってるそれを日常的に使うことは禁止されてるけど、“Wildfire”の活動中だけは許されてるらしい。

「これは魔法がかかった眼鏡。所謂魔法道具ね。これをかけると遠いところまで見えたり、中身が透けて見えたりするんだよ」
「え、すっご!」
「“Wildfire”の活動中は基がこれ使って俺らの動きを見てトランシーバーで指示を出してくれるんだ。昨日もこれ使って猫ちゃん追いかけてた」
「なるほどね。だからエマが箒に乗ったのが見えたんだ。これどこで手に入れたの?」
「魔法省にちょっとツテがあって。でも使い方によっては危険だから使用制限されてる」
「もったいないよな。俺なら毎日使いたいわ。今ここでかけたら服透けて見えるんでしょ?」
「エマ、死の呪文はやめて」
「大丈夫。常識の範囲内で殺せる魔法はいくつか知ってる」
「冗談だって!杖向けんな!殺気仕舞え!」
「やめた方がいいよ。うっかりばっきーが見ちゃって減点されたことあるから」
「あ!それ知ってる!去年、ハッフルパフが歴代最低点だったやつだ」
「お前ら、魔法を悪いことに使うなよ!」
「拓也もかけようとしてたからね」
「してねえよ!」
「…そういえば椿と大河は?2人ももちろん罰則受けてるよね?」
「クディッチの練習。レイブンクローとハッフルパフの試合は明日だから罰則は特別免除」
「出た、クディッチ贔屓」
「荻町も選手になればいいのに」
「私、クディッチ下手だよ?」
「そんなことないでしょ。昨日拓也助けた時の動き見てたけど、箒の扱い方すごかったよ」

もってぃ、鋭いな。
もってぃの言う通りエマの箒の腕前はなかなかだ。
昨日だって、瞬きする一瞬で影山くんが離した箒を掴んで自分が跨って、魔法で引き寄せた影山くんと猫を抱きかかえて暴れ柳から離れた地面にそっと降り立った。
ただ、クディッチが下手っていうのも本当。
“盾”の一族の血が濃すぎて、ブラッジャーが当たりそうになったら敵味方問わず全員を守ってしまうから。
まじで、エマが出る試合は見てられない。
3年生の時に骨折したのも、授業でクディッチをして敵チームを庇った時だったっけ。
もしかしたら影山くんはクディッチが苦手なことにも気付いてるんだろうか。
影山くんはグリフィンドールのクディッチキャプテンなのに、エマを誘ったことは一度もなかった。

「終わったー」
「魔法使えないの本当に辛い」
「俺らはなんか懐かしくなったわ」
「マグルの世界じゃこれが普通だもんなー」

やっとトロフィーが磨き終わって全員で水道に並んで蛇口を捻ったら冷たい水が流れてくる。
あー、しんどかった。
ずっとトロフィーばっかり見てたから窓から入ってくる太陽の光とか木の緑とか、新鮮に感じる。
手を泡でいっぱいにしながら、影山くんは隣で手を洗ってたエマの顔を覗き込んだ。

「なあエマ、やっぱり“Wildfire”に入らないか?」
「入らない」
「なんでだよ。エマだって困ってる人を助けたいって思ってんだろ?だから俺らと一緒にやろうぜ!」
「やらない。いい影山?前にも言ったけど、私は困ってる人を“助けたい”んじゃなくて、“全員を守る”の。クラブ活動のレベルじゃなくて、私の命に代えてもね」

「またスケールの大きい話だな」
「でも本気だよエマは。荻町家の当主ってそういうことだから」

もってぃと奏が小声で話してるのが聞こえないのか、エマはじっと影山くんを睨みつけたままだ。
エマの言ってることは間違ってないし、それが荻町家の当主の責務だって俺は理解してる。
『守る』であって『守りたい』ではない。
これはもはやエマ個人の意思の話ではない。
荻町家の当主として生まれてしまった以上、どうにもできないんだよ。
でも影山くんは引き下がらない。
負けじとエマの目を睨みつけたまま、泡まみれの手でエマの手を掴んだ。

「なんだよそれ。1人で守ろうとしたって限界があんじゃん。エマが1人で守ろうとしたってそんなのたかがしれてんだろ」
「は?」
「うわ、どストレート」
「影山くん、それは、」
「っそれに!エマがみんなを守ってたらさ、……誰がエマを守るんだよ」

ドキッとした。
ぐっと息を詰まらせたのはエマだけじゃない。
俺も奏も、水で濡れた手をぎゅっと握りしめた。
それは聞いちゃいけない質問だ。
抱いちゃいけない疑問だ。
生まれた時から答えは出てんだよ影山くん。
荻町家の人間は、人を守る存在であって人に守られる存在じゃないんだよ。
影山くんは手を離さない。
エマが振りほどこうとしても、離さない。

『     』

「っ!?」「はっ!?」

「え、なに?」
「今の聞こえた?」
「聞こえた。アロホモラ!(開け)」
「ちょ、拓也!?」
「何してんの!?」
「基!眼鏡で見て状況分かったら先生呼んで!」
「奏と悠毅は医務室に連絡!」

睨み合ってた2人がハッて顔して手の泡もそのままに杖を掴んだ。
何をしようとしてるのかわからない俺と奏ともってぃを置き去りにして、最初から決めてたのかってくらい息のあった動きで2人は水道の上にあった窓によじ登っていく。
先に窓枠に上がった影山くんが伸ばした手をエマは何の躊躇いもなく掴んで、影山くんは強い力で引き上げた。
数秒で2人は俺らが見上げるほど高いところに登っていく。
泡で濡れてたはずなのに、2人は手を離さなかった。

「お前らどこに、」
「聞こえたの!」
「は?」
「誰かが『助けて』って言ったのが聞こえたんだよ!だから助けに行く!」
「え、聞こえた?」
「なんにも聞こえてないけど」
「っあ!エマ!ちょっと待ってよ!」

エマの魔法で鍵を開けた窓から強い風が吹いてる。
乱れる髪を抑えるエマの手を取ったまま影山くんが飛び降りて、エマもそこに続いていった。
あっという間に2人はいなくなる。
なにが起こったのかわからなくて呆然としてる間に、もってぃは濡れた手を拭いて眼鏡をかけてた。

「2人の言う通りにしよう」
「え?」
「拓也のあれ、”当たる”から」

そう言ってもってぃが杖を取り出したから、俺と奏も顔を見合わせて杖を抜いた。



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