007



たしかに聞こえた。
聞き間違いなんかじゃない。
誰かが叫んでる。
この世界で、誰かが助けを呼んでる。

「どっちか分かる!?」
「愚問!」

どこから声がしたかなんて分かってるに決まってる。
影山も分かってるのか、それ以上道を聞いてはこなかった。
中庭を抜けてまっすぐ校舎の外へ。
ハグリッドの小屋の脇を通り抜けて坂をどんどん下っていくと、船着場に行くための大きな階段がある。
一年生が入学式にボートでやってくるその場所は滅多なことがない限り誰も近寄らない。
そこに2人の生徒がいた。
様子がおかしい。
小柄な女の子が、自分よりも遥かに大柄な男の子の首を絞めていた。

「かはっ、」
「やめろ!」
「っ、待って!」

2人に駆け寄ろうとした影山の腕を掴んで無理矢理止める。
あれはまずい。
近づかない方がいい。
私たちの声に反応して女の子が振り返ると、その顔色に血の気が引いた。
不自然なほど青白く、目の焦点が合っていない。
血管が浮き出ていて、身体中の筋肉が痙攣しているみたいに動きがおかしい。
口が開いたまま涎が垂れていて言葉を発せないのか、喉を空気が通るヒューヒューって音だけが鳴ってる。

「どうする?」
「助けるに決まっ、…っ!」
「ステューピファイ(麻痺せよ)!」

嘘でしょありえない。
明らかに人間の動きじゃない。
女の子は首を絞めてた男の子を湖に向かって軽々と放り投げて一気に私たちと距離を詰めてきた。
影山が攻撃してる間に詠唱破棄して男の子を浮かせて離れた場所に避難させる。
呪文言ってたら間に合わなかった…!
スピードが早すぎる!
視界の隅で火花が散ってる。
影山の攻撃を受けてもありえないスピードで動く女の子にかわされて防戦一方だ。
それどころか押されてる。
このままじゃ押し切られる。
あれ、もしかして、

「ステューピファ、」
「っ!!!」
「っ、」
「エマ!お前殺す気かよ!レダクト(粉々)詠唱破棄すんな!」
「違う!避けられるってわかってた!これではっきりした!おそらく呪い!あの子には魔力の流れが見えてるから全部かわされる!」
「そういうことかよ…!わかった!援護頼む!」
「へ?え!?ちょ、影山!?」
「魔法がダメなら拳で止めるしかねえだろ!」

信じられない。
自分が持ってた杖を私に押し付けて身体ひとつで凶暴化した女の子につっこんでいった。
向こうが怯んだ隙に蹴るは殴るは肉弾戦の横行が始まった。
まさかそんな手段取るとは思わなかったけど迷ってる暇はない。
スピードに追いつけないところは私が後ろから攻撃魔法を飛ばしてフォローしていく。
魔法が見えないって言ったって、目眩し程度にはなる。
なんとか作れた隙を狙って、影山がその子の頭を掴んだ。

「痛いだろうけどごめんな!せーのっ!」
「っぎゃ!?」

そう言って思いっきり女の子に頭突きをしたら、相当痛かったのか気絶してしまった。
みるみるうちにその子の顔色が戻り、身体の震えも鎮まっていく。
よかった、とりあえず助けることができた。
頭突きの衝撃で尻餅をついた影山のおでこから煙が見える気がする。

「いってぇ…」
「エピスキー(癒えよ)」
「おー、ありがと」
「気休め程度だからあとでマダム・ポンフリーに見てもらってね。……さてと」
「あ!触んなよ、危ないだろ」
「呪いはもう解けてるから大丈夫だよ」

気を失ってる女の子の服や身体を触ってなにかヒントになるものがないか探し始めた私を見て、影山も近くに寄ってきた。
魔力の流れが読めるなんてかなり高度な呪いだと思う。
人をあんな風に凶暴化させる呪いなんて見たことがないし、発動条件もあの男の子を襲った理由も分からない。

「なんか分かった?」
「なにも」
「そっか…。まあ、2人が生きててよかった。あとは先生たち入れて話すか」
「うん、そうだね」

「エマ!影山くん!うわ、人倒れてる!?」
「あなたたち!これは一体どういうことですか!?」
「奏ナイスタイミング!医務室は?」
「今よこぴーが準備してくれてる。基くんは寮監の先生のところに」
「マクゴナガル先生、事情は私から説明しますが、まずは2人を医務室へ」
「ええ、そうねミス・オギマチ。あなたたち2人を入れて合計4人、医務室へ行ってもらいます」

え、なんで私も医務室へ?って思ったけど口にするのは躊躇われた。
私は怪我をしていないけど、影山は肉弾戦したからか指先に血が滲んでた。
私が行かないって主張するより2人まとめて行った方が、影山も大人しく治療を受けてくれるだろう。



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