お酒のせいにして

ぐらり。視界が揺れた。お客様に勧められるまま飲んだお酒。弱いわけではないはずだけれど、今日はすこし飲みすぎてしまったみたい。ふわふわとまっすぐ歩くのが難しくなって、カウンターの裏に隠れるようにしゃがみ込んだ。
(……どうしましょう。)
チャールズが渡してくれた水をゆっくりと飲んで、一息つく。どくんどくんと大きく跳ね続ける心臓がおさまる気配はなさそうだから、しばらくはこのままここで様子を見るしかないわ。
カラン、扉が開く音。隠れているから誰がきたかはわからないけれど、きっと、お客さま。お迎えしたいけれどこんな姿を見せるのはよくないから、隠れるようにさらに奥へと移動する。それからこくりともう一度お水を飲んだ。
今日の仕事は他の従業員に任せて、私は帰ったほうがいいかもしれないわ。でも帰るためには酔いを醒まさないと。ぐるぐると思考を回すけれど、お酒の影響かうまく考えがまとまらなくて。もうだめね、とすっとおでこを膝に付けるよう頭を落とした。そのまま瞳を閉じたとき、聴き慣れた声が降りてきた。
「レティシア」
肩がびくりと反応する。突然呼ばれた名前。どんなに酔っていようとも、この声を私が聞き間違えるわけがなかった。
「……え、ディルック、さま……?」
頭を上げれば、心配そうにこちらを眺めるディルック様が視界に映る。普段酒場に来られるときのバーテンダー服ではなく、いつもの黒のコート姿。
「今日はお店には来られないはずだったのに」
「チャールズから連絡が来たんだ。それで様子を見に寄ったんだよ。調子は……あまりよくなさそうだな」
「ごめんなさい。ただ、お酒を飲みすぎてしまっただけなんです……」
「そうか、ならよかった」
そういって頬に触れる。ディルック様の手のひらはひやりとしていて気持ちよくて、預けるように少し顔を傾けた。
「チャールズ。彼女が自ら進んでここまで飲むとは考えにくい。……おそらく誰かに飲まされたのだろう。」
「まって、ちがうのディルックさま!お客様はなにも悪くなくて」
私が自分の限界を超えて飲んでしまっただけ。言おうと立ち上がったのだけれど。急に立ち上がったことによって、目眩が襲う。ふらりと倒れ込んだ先はディルック様の胸元で、抱きつくような形になってしまい一気に顔に熱が集まった。
「ご、ごめんなさい…!離れます!」
「いい。無理に動くよりそのままでいたほうがいい」
離れようとするものの、すぐにぐっと背中を支えられる。そんなことされてしまったら離れられるわけがなかった。どくんどくんとうるさい心臓の音は、この距離だともう彼へ伝わってしまっているでしょう。恥ずかしくてたまらなくて、でもこのままでいたい気持ちも、もちろん。お酒のせいだって思ってくださればいいのだけれど。
「随分熱いな。今日はもう帰ろうレティシア」
「そう、ですね、このままお店にいても迷惑をかけてしまいますもの。……申し訳ございません」
「謝らなくていい。君の調子が悪いと聞いた時は焦ったが、お酒によるものだと知ってこれでも安心しているんだよ」
家を出た時は元気だったはずなのに、君が無理をしたのかと思ってね。頭上から落とされる声には確かに安堵の色が含まれていた。もう、チャールズはディルック様になんて連絡をしたのかしら。ちらりと視線を移せば、彼は小さくぐっと親指を立てて笑っていた。