touch the phantom
目を覚まし、視界に写ったのがテントだった時、イミはいつも自己嫌悪に襲われる。
彼と出会ってはやひと月、たまにこうして食事を一緒にしたあとそのまま彼のところに泊まることが偶に出来た。そういう時はいつも彼はテントを自分に明け渡し、外で寝ている。彼の優しさに甘えてしまう自分に嫌気がさすことが大半だが、彼は笑ってそれを許容する。
(……わから、ない……。)
そう思いながら体を起こし、気だるい体を引きずるようにしてテントから這い出れば彼はもう既に起きていて、朝食の準備をしているようだった。
「……おはよう……ございます。」
「あぁ、おはようイミ、今出来るから座っていてくれ。」
そう言うと、彼はまた手元に視線を落とす。手伝いはだいたい丁寧に断られるので、その様子を眺めながら身なりを整えることに専念する。
「イミ、」
「あ、はい……。」
顔を上げれば用意が出来たらしく、皿を手にした彼がこちらを見ている。それを受け取り、イミは腰を下ろして膝の上に器用に皿を置き手を合わせて小さくいただきますと言うとスプーンでそれを口に運ぶ。
彼の料理はサバイバル料理だ、なので基本的に食材は森の中での現地調達、彼女が食材を持ってきた時は別だが、大体は森の中で取られた野草や野生動物が原料となる。彼の知り合いはそれを嫌がっているようだが、彼女は特に気にせず食べていた。どうせ、牛もネズミも動物性タンパク質なのは変わりない。
「……ご馳走様でした……そろそろ、行きますね。」
「お粗末様、なら外まで送ろう。」
二人でけもの道を歩き、外へ出る。軽く会釈をして、イミはその場を後にした。今日は午後から講義だ、一度家に戻って準備をしなければと思いながら家路を急ぐ。
「ん……?」
暫くして食器を片付けた理鶯がテント内を見ると見慣れぬものが落ちている。
「……これは。」
どうやらパスケースのようだ。
「……イミの忘れ物か……?」
そう思って確認すればどうやら学生証のようだ。咄嗟に指で名前の部分を隠す。
「……名前は彼女から直接聞くべきだろうからな……。」
そう呟きつつ、学校名を確認する。
「……あ、れ……。」
講義の始まる1時間ほど前のこと、少し早く学校に来ていたイミは学生証を出そうと鞄の中を探っていたがパスケースがないことに気づいた。
(……森に……?)
サッと顔から血の気が引く。今からあそこに取りに戻ったのでは講義に間に合わない。それは理鶯に届けてもらっても同じことだ。
(どうしよう……。)
出席確認には学生証がいる。
すると、近くで窓の外を見ていたほかの学生が何やら騒ぎだした。
「ねぇ、見てみて、あれさぁ。」
「あっ、MTCの人……!?」
「……!?」
びくっと肩を跳ねさせ、おずおずと彼女らから距離を取って別な窓から外を見る。
(……め……いそん、さ……、)
息が止まる感覚がした。
そこには理鶯が立っていた。
(まさか、届けに……?)
そう思うと、戸惑いつつも下の階へ降りていくが、彼に声をかけるか迷い近づく足取りも遅くなる。
「……!イミ、」
が、向こうに先に気づかれてしまった。
「……これ、大事なものだろう。」
「ありがとう……ございます。」
差し出されたパスケースをおずおずと受け取る。周囲からの視線に耐えきれなくなり、立ち去ろうとした瞬間、上から急に声をかけられた。
「祇屋さーん!!その人と知り合いなのー!?」
驚いて顔をあげれば同じ講義を受けている話したこともあまりない女学生だった。
「え、あ……。」
「ねぇねぇ!なら紹介してよ!!」
明らかに理鶯狙いで話しかけてきているのは分かるが、上手く言葉が出てこない。
「すまない、小官は彼女に会いに来たので他の者には用事がない。」
「ぇ……、」
「あっ、あー……はーい……。」
思いがけない言葉に顔を上げれば、髪の隙間から覗いた目が相手とかち合う。
上から声をかけてきた女学生はバツが悪そうな声を漏らして窓の奥へ引っ込んで行った。
「……すまない、あの手の話は苦手でな。」
「いえ……、」
その気持ちはわからなくもない。
「……イミ、」
軽く頭に手が触れ、そっと撫でてくる。
「だが君に会いに来たのは本当だ、君にしか用がないのも。」
「や、やめてください……、」
「いや、聞いてくれ。」
いつもは引く彼が、そう言って彼女の手を掴んだ。
「……小官は、君を知りたい。」
その言葉にイミは固まる。自分のような意味の無い人間を知って、彼はどうする気なのか。
「……からかわないで……。」
「からかってなどいない。」
「私なんて知ってどうするんですか……!」
「……君を守る。」
びくっと震え、まじまじと前髪越しに彼を見つめる。
彼の目は至極真面目だ。
「そんなこと……する必要は……、」
「君はそういうと知っている、だが小官は君を放っておくことが出来ない。……君がそうして自身を否定しているうちに、いなくなってしまいそうで心配だ。」
そう言って、理鶯はイミの手を取った。
「え……?」
「……小官のせいで君を衆目に晒してしまった、君はもうそろそろ本気で耐えられないだろう?……今日は帰ろう、どうしても出ないと行けない講義なら待つが……、」
今日の講義は幸い必修科目ではないし、単位を落とすようなものでもない。暫し思考をめぐらせ、イミは小さくこくりと頷いてそのまま彼と大学をあとにした。
……その後しばらく、色々と噂が周囲で流れイミは居心地の悪い思いをするが、それでも彼の眼差しを思い出すと、不思議と気にならないのだった。
END
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作成:18/10/24
移動:20/8/28