その罪の名は

理鶯はヨコハマから離れた東北の小さな寒村に来ていた。
他の2人には着いていくかと聞かれたものの、ある意味自分の問題であるので断った。

「急がねばな……。」

誰に言うでもなく、そう言うと彼は駆け出した。

◇◇◇

イミは白い襦袢姿のまま、縛られて枯れ井戸の底にいた。
……意味を、取り戻した。
それは喜ばしいはずなのに、今胸にあるのは虚無感だけである。取り戻すのが理鶯と出会う前なら、きっとこうではなかったろう。

(一緒に……いすぎたな……。)

そんなことを考えながら、目を閉じる。どうせもうすぐ終わりが来る、目を閉じて受け入れよう。
そんな、時だった。

「イミ、」
「……!?」

聞こえないはずの声が聞こえた。

「……今からマイクを使う、耳をいつものように……閉じていろ。」

どうして、と聞くまもなくそう言われれば慌てて両手で耳を塞ぎ、また目を閉じて心も閉ざす。どれくらい経ったろうか、誰かが枯れ井戸に降りてきた。

「……イミ、」
「……!」

恐る恐る目を開けるイミは、目の前にいる理鶯を見て思わずはらはらと涙をこぼした。

「ど……どうして……ここに……?」
「君のご両親に君のことを聞いた、だから追ってきた。」
「……どうして……そこまで……。」

泣きながら問いかけるイミの頬を撫で、その涙を拭いながら理鶯は口を開く。

「君という存在全てを、愛しているからだ。」
「……どうして……私なんですか……あなたになら……他の、人も……いるはずなのに……。 」
「小官にも、はっきり君をどうしてこんなに愛しているのかは分からない、ただ。」

くっと、その顎を軽く掴んで顔を上げさせる。

「ただ、君を守りたいと思った。君のその、怯える目を、どうしても守りたいと、イミ。」
「………、です。」
「……?」
「弥尊、です。」

いつも視線を合わせないようにしている彼女が、髪の向こうからこちらをしっかり見据えているのを感じる。そう思い、そっとその前髪を払ってその顔を見た。

「……弥尊?」
「……はい。」
「良い名前だ。」

そう言って笑う彼に、イミ…弥尊も薄く笑う。そのまま彼に背負われ、彼が井戸に降りるのに使ったロープを伝って外に出ると、村の男が数人、手に凶器を持ったまま地面に伸びていた。

「……、」
「ここに向かっていたので弥尊が標的だったと思うのだが……詳しいことを聞いていない、説明してもらえるだろうか……。」
「えっ、と……。」

曰く、この村の山の社の例大祭の年には、その年の担当の家のいちばん若い娘を山神の贄として差し出さなくてはならないことになっていた。弥尊の家も次の例大祭に贄を差し出す役割が回ってきたため、弥尊は将来の贄としてとてもとても大事に育てられたのだが、その後に妹が生まれた。妹が生まれたため、弥尊は贄になるという「存在意義」を失ってしまい、それに伴い実の親からもぞんざいに扱われ始めた……。

「……なら、あのご両親は?」
「本当は叔母夫婦なんです、この因習に嫌気がさして結婚を機にここを出ていった……でも私の事、人伝に聞いたらしくて……私をひきとってくれたんです。」

村から離れて暮らし始めたが、喪失感は拭えず彼に会うまで無気力に、そして絶望しながら生きてきた。
そんな時だった。

「妹が、居なくなったらしくて。」
「なるほど。……それで君にお鉢が回ってきた、ということか。」
「はい。」

そんなことを話しながら、理鶯は村へは降らず山の上へ向かい始める。村を通っては帰れないだろうと判断したのだ。

「この先はお社です……。」
「そうか、道理で道が整えられている。」
「お社の裏から隣村に降りれます。」
「わかった。」

そう応えると、理鶯は弥尊を背負い直し、しっかりとした足取りで歩くのを再開する。が、何かの気配に一度足を止め傍らの茂みに身を隠した。

「……ない……男たちも……がせ……。」

遠くて良くは聞こえないが、どうやら弥尊を探しているようだ。

「……暫く大人しくしておこう、大丈夫か?」
「はい……。」

周囲に人の気配がなくなるまで2人で息を潜める。暫くすれば慌ただしく足音は山道を降って行った。それを確認すると、理鶯は弥尊をしっかり抱え木立の中を社の方へ素早く移動する。弥尊はただ、しっかり彼に掴まっているより他なかった。社の裏の道までなんとか回り込み、そのまま一気にその急なけもの道を駆け下りる。
そんな強硬手段で隣村に降りた時は、まだ夜も明けない頃で、理鶯はそのまま走り続け日が昇りきった頃には市街地に抜ける市道まで来ていた。

「少し休みませんか……?」
「……そうだな、流石に夜通し走るのはキツいか……弥尊の服装では目につく、どこかに……、」

そう言いつつ、傍らの木立に入り込むと低い立ち木の影に弥尊を降ろして隠し、持っていた小さい携帯ケースに入れた水と携帯食を取り、先に弥尊に水を飲ませ、携帯食を1つ手渡す。彼女が受け取ったのを確認すると、自分も水を飲み、自分の分の携帯食を口に入れる。
1時間ほど休憩し、周囲の様子を確認してから再び歩き出した。弥尊は裸足だったので歩かせられない、そのためずっと背負ったままだった。街まで来れば、手頃な店に入り適当に彼女用の着衣と靴を選んで着替えさせ、2人で駅に向かう。

「ごめんなさい、こんなに……たくさん……。」
「気にする事はない、あの格好では帰れないだろう?」
「そうですけど。」

並んで座席に座る。もう二度と戻ることのないだろう故郷の景色を、弥尊は車窓から眺めている。

「弥尊、」
「はい。」

2人は向かい合う。

「今更聞くのはどうかと思うが……後悔はないか?」
「ありません。」
「そうか、なら……小官と、生きてくれるか?」

数刻、無言で見つめ合う。
少し視線をさまよわせつつも、最後はしっかりと理鶯を弥尊は見つめた。

「……はい。」

END
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作成:19/9/9
移動:20/8/28

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