隣町は大人の脚で1時間程歩いた場所にあった。田畑の続く畦道をひたすら歩き、少し草臥れた脚でようやく町に着いた。そこは夕餉の買出しをしている女性たちで賑わっていて、なんだかほっとする気持ちになった。
母親から代金と一緒に受け取った呉服屋までの地図を確認しながら町をしばらく歩くと確かにそこには梅鶯屋という大きな看板を構えた老舗らしい呉服屋があった。恐る恐る店内へ入ると桔梗色の粋な着物を着た母親よりいくらか歳の重ねた女性が見えた。
「あのう…御免下さい」
「いらっしゃいませ。如何なさいましたか?」
「浴衣の仕立てを頼んでおりました神月と申しますが…」
「ご贔屓にありがとうございます。 少々お待ち下さいね」
店の奥に消えていった女性はすぐに戻って来た。仕立てを頼んだ浴衣を取りに行ったはずなのに女性の手は何も持ってはいなかったのを見て一気に不安が押し寄せて来た。女性は物凄く申し訳なさそうな顔をして私に声を掛けた。
「御免なさいね。うちでは神月というお客様から浴衣の仕立ては受けていないみたいで…」
「あ…そうですか…御免なさい。 私、お店を間違えていたみたいです」
家に着く頃にはもう日はすっかり沈んでいた。くたくたの脚を引きずって家の前へと着くと玄関の引戸に紙が貼られているのが見えた。涙で視界がぼやけているがはっきりと読み取る事が出来た「売家」という文字。
私は家族に捨てられた。奇妙な力を持つ私は平凡に生きていきたい両親にとって邪魔者以外の何者でもなかったのだろう。
ふと懐に入れておいた浴衣の代金の事を思い出した。封筒から出さずとも浴衣の代金にしては厚みがあり過ぎた。一応中身を確認すると、そこにはしばらくは生きていける程の現金が入ってあった。溢れる涙を拭い、私はぎゅっとそれを握りしめた―――
「神月テメェ…こんな所で何してやがる」
「……ん、ひじかた、さん…?」
のそのそと気だるい身体を起こして名前を呼ばれた方を見上げればそこには正に鬼の形相をした真選組副長、土方十四郎があった。蛇に睨まれた蛙の様になり固まる私に、ゆっくり近づいて来た土方さんは目線を合わせる様にしゃがみ込んできた。眉間に皺を寄せ、ぐしゃっと大きな手で頭を掴まれ彼の顔が至近距離にあって思わず目を瞬かせる。
「何で泣いてんだよ」
「え? …あれ、本当だ」
指摘され手で頬を撫でると確かに泣いているようだった。
私はあれから程なくして此処、かぶき町へとやって来た。そして、かけがえない存在が出来た。
「俺か?…俺のせいなのか??」
「そんな!副長は関係ないです。 ただ、昔の夢を見たって、ただそれだけです」
そうか、と言って彼は立ち上がると彼は冷たい目で私を見下ろした。嫌な汗が出て思わず力なく笑う。
「今日は昼過ぎから会議だっつーのは知ってるよなァ?」
「はい」
「おい今何時だと思ってんだ!?」
「え…私そんなに寝ちゃってました?」
「テメェ…会議すっぽかして自室の押入れで昼寝たァいい度胸してんじゃねェか!!士道不覚悟で切腹だコラァァァァ!!!」
「ひィィ!ごめんなさいィィ!!」
「御免で済んだら警察いらねェんだよ!こら!待ちやがれ神月!!!!」
神月瑠璃音、今日も私は、真選組という家族の為に一生懸命生きています。
20171017
真選組副長補佐編 完
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