本当に大切なものは目には見えない



―――私はずっと一人ぼっちだった。寺子屋から帰宅し「ただいま」と言っても誰も「おかえり」と言ってくれる人は居なかったし、誰も私の話を聞いてくれる人は居なかった。
今思えば家柄は裕福だったのか身形だけはきちんと整えられていて、上等な着物や簪等は買い与えられ食べ物にも困った事はなかった。でも、それでも毎日寂しかった。
その理由は全部、私の持つ変な力のせいだとすぐに分かった。

「瑠璃音ちゃんまってよ〜!  うわぁ、…イテテテテッ!」
「へーすけくん!!だいじょうぶ?」
「ひざ、すりむいちゃった…」
「瑠璃音、なおせるよ?」
「…え?」
「じっとしててね」

傷口に両手をかざして瞳を閉じて念じると鴇色をした暖かな光を放ち、見る見るうちに傷が綺麗に塞がった。

「きずが…なくなってる」
「もういたくないでしょ?」
「すごいや瑠璃音ちゃん!ほかにもなにかできるの??」

何故なのか理由は分からなかったが私は傷を癒す力が備わっていた。そして破壊された物も治す力もあった。皆は私の持つ力をもっとみたい!と賞賛し、私もその能力を惜しみなく皆に披露した。とても気分が良かったし自分の存在を認めてもらえた気分になった。
しかしそれも長くは続かなかった。学友のご両親らが私の持つこの能力を気味が悪がったからだ。今まで一緒に遊んでいた皆が私の事を避けるようになった。そしてそれは私の唯一の肉親、両親も同じだった。

「あっ…これ、母上のたいせつなてかがみ…こわれちゃってる…」

机上に置かれた無慚にも鏡の部分が粉々に砕かれているそれは、漆黒色がベースで緋色(あけいろ)の椿が螺鈿造りであり、掌に収まるほどの大きさである手鏡。これは母親が普段から肌身離さず持ち歩いていた物だった。
母親の喜ぶ顔が見たい、とただ純粋にそれだけの理由で母親の大切にしていたその手鏡に手をかざし、元の綺麗な手鏡に直した。買い物から母親が帰って来て私はすかさず直した手鏡を見せたが、母親から笑顔も見れず、褒められることもなかった。母親から向けられた表情や言葉は小さな私の心に酷く突き刺さった。

私はこの日を境に本当に一人ぼっちになった。思い出したくないつらい日々。朝昼晩と食事は用意されるものの、それはいつも私の部屋の引き戸の前に置かれていた。お前とは一緒に食事をするのは嫌だ、という意味だとすぐに理解する事が出来た為、食事がのせられたお盆を手に取ると、そのまま部屋に戻って一人でご飯を食べていた。

月日がいくらか経ったある初夏の申刻、母親から声を掛けられた。

「お遣いを頼まれてくれるかしら」
「えっ…は、母上」
「隣町にある梅鶯屋という呉服屋に、今年の夏祭り用で瑠璃音に新しい浴衣の仕立てを頼んであるの。それを取って来てもらいたいのよ」

嬉しかった。何年もずっと存在を消されたように過ごしていたのに、私の名前を呼んでくれて、私のために浴衣を仕立ててくれた事がとても嬉しかった。迷わず母親から代金を受け取って隣町に向かった。
隣町は大人の脚で1時間程歩いた場所にあった。田畑の続く畦道をひたすら歩き、少し草臥れた脚でようやく町に着いた。そこは夕餉の買出しをしている女性たちで賑わっていて、なんだかほっとする気持ちになった。
母親から代金と一緒に受け取った呉服屋までの地図を確認しながら町をしばらく歩くと確かにそこには梅鶯屋という大きな看板を構えた老舗らしい呉服屋があった。恐る恐る店内へ入ると桔梗色の粋な着物を着た母親よりいくらか歳の重ねた女性が見えた。

「あのう…御免下さい」
「いらっしゃいませ。如何なさいましたか?」
「浴衣の仕立てを頼んでおりました神月と申しますが…」
「ご贔屓にありがとうございます。  少々お待ち下さいね」

店の奥に消えていった女性はすぐに戻って来た。仕立てを頼んだ浴衣を取りに行ったはずなのに女性の手は何も持ってはいなかったのを見て一気に不安が押し寄せて来た。女性は物凄く申し訳なさそうな顔をして私に声を掛けた。

「御免なさいね。うちでは神月というお客様から浴衣の仕立ては受けていないみたいで…」
「あ…そうですか…御免なさい。  私、お店を間違えていたみたいです」

家に着く頃にはもう日はすっかり沈んでいた。くたくたの脚を引きずって家の前へと着くと玄関の引戸に紙が貼られているのが見えた。涙で視界がぼやけているがはっきりと読み取る事が出来た「売家」という文字。
私は家族に捨てられた。奇妙な力を持つ私は平凡に生きていきたい両親にとって邪魔者以外の何者でもなかったのだろう。
ふと懐に入れておいた浴衣の代金の事を思い出した。封筒から出さずとも浴衣の代金にしては厚みがあり過ぎた。一応中身を確認すると、そこにはしばらくは生きていける程の現金が入ってあった。溢れる涙を拭い、私はぎゅっとそれを握りしめた―――


「神月テメェ…こんな所で何してやがる」
「……ん、ひじかた、さん…?」

のそのそと気だるい身体を起こして名前を呼ばれた方を見上げればそこには正に鬼の形相をした真選組副長、土方十四郎があった。蛇に睨まれた蛙の様になり固まる私に、ゆっくり近づいて来た土方さんは目線を合わせる様にしゃがみ込んできた。眉間に皺を寄せ、ぐしゃっと大きな手で頭を掴まれ彼の顔が至近距離にあって思わず目を瞬かせる。

「何で泣いてんだよ」
「え?  …あれ、本当だ」

指摘され手で頬を撫でると確かに泣いているようだった。
私はあれから程なくして此処、かぶき町へとやって来た。そして、かけがえない存在が出来た。

「俺か?…俺のせいなのか??」
「そんな!副長は関係ないです。  ただ、昔の夢を見たって、ただそれだけです」

そうか、と言って彼は立ち上がると彼は冷たい目で私を見下ろした。嫌な汗が出て思わず力なく笑う。

「今日は昼過ぎから会議だっつーのは知ってるよなァ?」
「はい」
「おい今何時だと思ってんだ!?」
「え…私そんなに寝ちゃってました?」
「テメェ…会議すっぽかして自室の押入れで昼寝たァいい度胸してんじゃねェか!!士道不覚悟で切腹だコラァァァァ!!!」
「ひィィ!ごめんなさいィィ!!」
「御免で済んだら警察いらねェんだよ!こら!待ちやがれ神月!!!!」

神月瑠璃音、今日も私は、真選組という家族の為に一生懸命生きています。


20171017
真選組副長補佐編  完

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