いつもので伝わる贔屓店




「という訳でお前ら、明日に備えて荷造りしとけ」
「まッ!待ってくださいっ!!」

土方さんに呼び出された沖田、原田さん、山崎さんの私達四人は暫く土方さんから話される内容に耳を傾けていた。三日間の休暇とだけ言われれば聞こえは良いがその理由が私にあると知った今、話を終えた土方さんが腰を上げた所で彼の腕にしがみ付いた。

「私!とっつぁんの事大好きです!!」
「あぁ?」
「あのッ…いやえっと、だから…そんな事をしていただく理由なんて一切ありません!」

今にも泣き出しそうな顔をした私に土方さんはハァと溜息を吐き、座り込む私の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「んな事とっつぁんだって分かってんだよ」
「……え?」
「お前は大人しく楽しんどきゃ良いだけだ」

そう言った土方さんはとても優しい顔をしていた。何も言えずにいる私の頭をぐしゃっと撫でて腰を上げた土方さんは部屋から出て行った。

「副長は本当瑠璃音ちゃんに甘いよな」
「まぁ無自覚でしょうけどね」

原田さんと山崎さんが隣でそんな事を話しているなんて露知らず、私はたった今土方さんが出て行ってしまった引き戸をただボーっと眺めていた。しかしいきなり頭をスパン!と誰かに叩かれて我に返った。いったぁ…と叩かれた場所をさすりながら見上げればそこには面白くなさそうな顔をした沖田が立っていた。

「ちょっと!何するのよ」
「うるせーやィ。このアバズレ」

沖田はそのまま部屋を出て行ってしまった。沖田の気の触るような事を何かしてしまったのだろうか。うーんと唸る私に原田さんと山崎さんは顔を見合わせ笑っていた。

「えー何で笑ってるんですか二人とも!」
「いやぁ…瑠璃音さんも大変だなぁって」
「どういう意味です?」
「それは俺達の口からは言えねェな」

結局二人からは何も聞き出せず、諦めた私は自室に戻り明日の荷造りをしていた。タオル等の所謂アメニティ用品的なのと部屋で着る浴衣は旅館で用意されてると言われたし、持参するものは思っていたよりも少なく済みそうだと安堵した。旅行へは一応非番の為、隊服ではなく着物を着て行く事になっているのだが普段から職業柄着物なんて滅多に着る機会がないし、非番の日だって何かあった時の為に着物よりも動きやすい袴を着用する事が殆どだ。着物なんてほんの数着しか持っていないし、しかも暫く着ていなかった所為で樟脳の匂いがすごい…。

「貯金もいくらかあるし新しい着物買いに行こうかな」

ただ、今はまだ隊務中なので、屯所で必要な物の買い物というのを口実に出掛けることにした。という訳で隊士達に何かお遣いは無いかと聞いて回っているのだが、こういう時に限って特に何も無いッス!と皆に断られ続けている。やっぱりここはあの人しか居ないか…と彼の自室へと向かった。部屋の前へ着き、入れと声が掛かかって引戸を開けて踏み入れば、少し煙草の匂いがする彼の部屋は相変わらず余計な物が無く綺麗に整頓されていた。

「どうかしたか」
「お遣いはありませんか?」
「何だ藪から棒に」
「い、いえ!深い意味はありません」
「………あァ、そういや煙草が残り少なかったな」
「では買って来ま」
「いやいい。ちょうど街に出ようと思っていた所だった」

最後の切り札だった土方さんも駄目だったかぁ。これはもう着物を買いに行くのは諦めた方が良さそうだ。仕方ない、少しでも樟脳の匂いを消すために着物外に干そう。

「そうですか。では私は一番隊の始末書処理を手伝って来ますね」
「神月、昼飯食ったか」
「いえ…まだですけど」
「じゃあ飯付き合え」
「あ、はい」

土方さんの部屋を出て行こうと引戸に手を伸ばした時、背後からまさかの昼食のお誘いを受けてしまった。さっさとあの樟脳の匂いが染み込んだ着物を外に干したかったのだが昼食を終えて直ぐに戻れば良いか!などと考えていると何か食いてェもんあるか?と隣で歩いている土方さんに聞かれ、土方さんがいつも通っている定食屋に行ってみたいですと答えた。そうして連れてこられた定食屋。お世辞にも綺麗だとは言えない店内は多くの人々で賑わっていてたが私達は運良く空いていたカウンター席に並んで座る事ができた。すると優しそうな店主が此方へやって来た。

「隣にいるベッピンさんは旦那の彼女かい?」
「違ェよ。俺の直属の部下だ。隊服着てるんだから分かんだろ」
「あぁ!噂に聞いていたがアンタが真選組ただ一人の女隊士副長補佐さんか!こんな可愛らしい子があんなむさっ苦しい中居るだなんて俺ァ吃驚だ!!」

店主は楽しそうに笑ってから、何にする?と注文を尋ねてきた。土方さんは迷う事なく「いつもの」と答えた。あいよ、店主が頷いたのを見て本当に此処は土方さんが贔屓にしているお店なんだなぁと実感した。土方さんがお前も同じのにするか?と言ったが私は季節の焼き魚定食というのがあったのでそちらを注文した。
先にテーブルに置かれたのは土方さんの注文した「いつもの」だった。私は思わずひぃ!と声を上げる。

「な…なんです?…それ」
「あぁ?見りゃあ分かるだろ。  土方スペシャルだ」
「…うっ」

土方スペシャルと呼ばれたそれは、とんぶりに熱々のご飯を盛ってその上から白米が見えなくなるまでマヨネーズをたっぷりとかけたものだった。土方さんはどんぶりを左手に持って嬉しそうに白米とマヨネーズが良く馴染む様にグチャグチャと音を立てて掻き混ぜていた。その視界に映るものと何とも言えない酸味の効いた匂いとそしてグチャグチャと聞こえる音に完全にノックアウトされ口元を手で抑えた。
間も無くして私の注文した焼魚定食が出てきたが、一刻も早くお店から出たかった為あまり味わって食べる事が出来なかったので次は絶対に一人で来ようと決めた。
屯所までの帰り道、街は昼時ということもありとても賑わっていた。そんな中チラリと目に入ってしまった呉服屋。思わず隊服のポケットに入れていたお財布をぎゅっと握りしめた。

「そういやァ明日は着物で行くのか」
「え?…はい。いつ買ったのかも忘れてしまった着物ですけど」
「見て行くか?」

呉服屋の前で急に立ち止まった土方さんを不思議に思っていると不意にそんな事を言われた。明日着て行くための着物が欲しかった事を悟られたと思い一瞬土方さんの事をエスパーなのではないかと疑った。しかしそんなに分かりやすく呉服屋を見ていたつもりではなかったのになぁと思いながら良いんですか!?と土方さんを見上げるように見れば、その代わり後で今日中に仕上げなければならない書類を手伝えと言われ私達は呉服屋へ入った。
着物はすぐに決まった。柘榴色をベースとして鞠と兎の柄があしらわられている着物だった。普段着ている隊服や袴とは全く異なりとても女性らしく可愛くて私には似合うか不安だったが、折角買うのなら今まで着た事のないものを買おうと思い切って選んだ。

「あっ…この髪飾り可愛い」

手に取ったのは小さな花がいくつも付属している金色の髪飾りだった。揺らすとシャランと音を立ててキラキラと光る。しかし値札を見るとかなりの値段で既に着物で当初の予算を超えてしまっていたのでそっと髪飾りを元の場所へと戻した。
たった今購入した着物が入った亀甲柄が施された素敵な紙袋を持って呉服屋を後にする。先に外で待っていると言った土方さんの姿を探したがどこにも彼の姿は見えなかった。もしかしたら待ちきれずに先に屯所へと戻ったのかも知れないと思った私は屯所へ向かって歩き始めた。

「おい!テメェ何先に帰ってんだよ」
「あ…あれ?土方さん!?」

暫く歩いていると背後から少し息を乱した土方さんがやって来た。私より遥か先を歩いていたと思い込んでいたものだから声を掛けられてとても驚いてしまった。あ…もしかして残り少ないと言っていた煙草を買いに行っていたのかも知れない。

「すみません!お店の外に姿が見えなかったので先に戻ったのだと…」
「ったく…勝手に居なくなってんじゃねェよ。心配すんだろうが」

ハァ…と息を吐かれ、ごめんなさい…と謝罪をすると土方さんが懐から煙草を取り出す。煙草が入っている箱は見た目からはまだ沢山入っているように思えた。しかし今買って来たばかりにしては本数が減っているような気もする。

「煙草を買いに行っていたんですか?」
「あ?」
「もう残り少ないって言ってたじゃないですか」
「あ…あァ、そうだ!煙草買いに行ってたんだよ」

何か様子がおかしいな…と思いつつも、そうですかと返した。
屯所へ着き土方さんと一旦別れ自室へと戻った。衣紋掛に新しい着物を掛け思わず頬が緩んだ。この着物によく合う帯留を持っていて良かった…と思いつつも予算を遥かに上回ってしまった為暫くは甘味処へ行くのは控えようと決意した。

翌朝、目を覚ますと昨日着物を購入した呉服屋の紙袋が枕元に置かれていた。寝ぼけ眼でその小さな紙袋に手を伸ばして中身を確認すると、そこには昨日予算の問題で買う事の出来なかった髪飾りが入っていた。 そう言えば…と昨日土方さんの様子が少しおかしかったのをぼんやりと思い出し、ぎゅうっと胸が締め付けられる様な感覚に少し戸惑った。


20171031
旅館編  続

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