猫茶日和 > MY HERO ACADEMIA > あわせ鏡の気持ち/前編
『霧々まいを見守り隊』
それは、霧々まいの親友である芦戸三奈をはじめとする、1Aの女子で構成された彼女の片思いを見守り応援するチームである。
片思いの相手である切島鋭児郎にあんなにもハッキリとハートを飛ばしまくっているのに肝心の彼のスルースキルというか鈍さに溜息をつきつつ、え、実はお前もなんじゃないの…?という彼女への対応に悶え、応援といいつつ、恋バナに花を咲かせたい女子たちの話の格好の獲物なっていた。
事態が動き出したのは恋する乙女たちの戦争、もとい、男たちのプライドをかけた地獄のイベント…バレンタインが近づいてきた2月の話である。
チョコを貰えることが確定している切島に、恨むような気持ちを込めて上鳴が話を振ってみれば「オレは関係ないって!」と言い切ったどころか、2人の関係を『中学からの腐れ縁』で片づけてしまっている。
2人と出会ってから約1年間、霧々の片思いの様子を見ていた面々からすれば、鈍いどころの騒ぎではない。
これはさすがに可哀想すぎるわ、と瀬呂が芦戸に話を持ち掛け、見守り隊に入隊。
そこから芋づる式に他の1A男子に話が広がり、話を聞いた飯田が「霧々くんが哀れで不憫な状況に陥っていると聞いて!」と発言。
『霧々まいを見守り隊』はクラスのみんな(「は?勝手にやってろや」「リア充死すべし」と拒否した爆豪と峰田を除く)を巻き込んだ『哀れで不憫な霧々まいをどうにかし隊』へと進化した。
「それって進化なの!?応援してくれるのは嬉しい、けど、…哀れで不憫って…」
事の次第を聞かされた当人である霧々は、自身の知らないところでとんでもない事態になってしまったと遠い目をした。
「やっぱり、今までの好意が恋愛的な意味にとられてないのでは?」
「もう告白するしかないでしょ!」
「既に告白と同列の発言を何度か聞いてるけどあいつドスルーしてなかった?」
バレンタインまであと2日となった放課後の1Aではどうにかし隊が熱い討論となっていた。せっかくのバレンタイン、勝負をしかけるならここしかないと作戦会議を行っているのだ。
「こ、こここ、コクハク…!!」
みんなの発言にはまあ色々と気になるところはあるが、告白するという方向性に決まったらしい。告白なんて考えただけで吐きそうになるほど緊張してくる。
私の気持ちを知ったら切島くんはどう思うのだろうか。嬉しいって思ってくれるかな、切島くん真っ直ぐな人好きだから、バシッと決めれば悪いようには思わないと思う…思いたい…嫌だったらどうしよう…嫌がるかなあ…。
「キリー、大丈夫?」
「猫ちゃん」
「震えたり、赤くなったり、青くなったり、忙しそう」
ああああ、と頭を抱えると、つんつんと突かれた。
猫ちゃんは会話に加わるでもなく、私の隣でみんなの話し合いを眺めていた。そんな中で横で私が百面相し始めたものだから流石に気になったのだろう。
「大丈夫だよ。でも、こっ、告白なんて出来るか自信がないよ」
「いやいやまいちゃん!?いままで聞いててこっちが恥ずかしくなるくらいのことサラッと言っておいてなんで自信ないの!?」
「思ったことそのまま言ってただけだよ!」
「やばい、こっちもこっちでズレてる」
透ちゃんのツッコミに答えれば、みんなは現れる頭を抱えてしまう。
確かに!確かに、伝われ〜って下心はあったりもしたけど、告白のつもりはない。だからこそ言えてた部分も多少あると思うし。
「菊、ここにいたんか。帰んぞ」
爆豪くんが教室に入ってくるとすぐに菊ちゃんを見つけ、言うが早いか、自分の鞄と菊ちゃんの鞄を持って颯爽と教室を去ろうとした。
「あ。勝己くん、ごめんね。私もう少しまいちゃんとお話してから帰るよ」
「は?」
菊ちゃんの言葉に軽く何人かは殺せてしまうんじゃないかと思うくらいの眼力で、爆豪くんは私を見る。むしろ私もう死んだのでは。
「そうだぜ、霧々のためにお前もひと肌脱いでやれって!」
「あ?てめェで殺れや」
凄まじい眼力にも気にした様子はなく上鳴くんがそう言うと、吐き捨てるように返される。私は殺したくないです。
すると菊ちゃんがうんうんと一人頷いて私に向き直った。
「…そうだよね、まいちゃんが決めなきゃ。まいちゃんの恋だもん」
え、そういう話だった?超翻訳?
「そうね、私達、ちょっと先走りすぎちゃったわ」
ごめんなさい、とつゆちゃんが謝ると、みんなも冷静になれたのか謝ってきた。
爆殺王の有り難いお言葉を賜ったことで場が落ち着いたこともあり、今日も彼と二人で帰っていった菊ちゃんを見送って、私は改めてみんなの顔を見る。
「みんな、今日はありがとう。いっぱい一緒に考えてくれて嬉しかった」
「霧々…」
「あの、それでね、みんなが言ったからってわけじゃないけど、私、切島くんに告白する!!」
女も度胸!
と、言い切ったものの、不安や恐怖がないわけじゃない。でも、それよりも、私の気持ちをきちんと知ってほしいと思ったのだ。
☆
それから、バレンタイン当日までは早かった。当分見たくないほど練習に練習を重ねた手作りのチョコレート。
賑やかな昼間とはうってかわって静かな夕暮れの教室で、綺麗にラッピングしたそれを切島くんに差し出す。
「俺に!?まじか、ありがとな!」
嬉しそうに笑う切島くん。その笑顔にいつもの私なら、喜んで貰ってくれることに嬉しくなってお礼をいうところだけど。
「好きです」
切島の手にチョコレートが渡ったのと同時に、想いを口にした。
「切島くんが好きです」
まっすぐと彼の目を見てそういうと、切島くんは目を丸くして固まっていた。
ごめんね、突然驚くよね。あんなに緊張してたのに、今でも逃げたいくらいに怖いのに、言葉にしたら止められなかった。
「中学のとき、私、お父さんのことがあってずうっと悲しくて悔しくて仕方がなかった。
でも切島くんが助けてくれて、信じてくれて、本当に救われたの」
どれだけ否定しても誰も信じてくれなくて、勝手に決めつけられることに諦めていた。心にドロドロしたものを溜め込んで動けなくなっていた私の元に駆けつけて、綺麗にしてくれた。あの日差し出してくれた手を、私は生涯忘れることはないと思う。
「それから切島くんの隣にいても恥ずかしくない人になりたいって思うようになって。
切島くんの隣にいたいって思うようになって」
「……」
「私、まだ全然、胸を張って切島と並んでいられるような人じゃないけど、でも切島くんに誠実な人でありたいから。私がどう思っているかちゃんと知ってほしいから」
だからどうか、届いて。
「ずっとずっと、あなたのことが大好きです。切島くんに、恋をしています」
思いの丈を込めてそう言うと、瞬間、ボッと切島くんの顔が赤くなる。
夕日が差し込んでいるせい?とも一瞬考えたが、違うこれは、そうじゃない。
「そ、そ、そうか…そっか…」
左腕で赤くなった顔を少し隠しながら、切島くんはそう呟いて黙ってしまった。
その様子に、ちゃんと私の「好き」が伝わったようで嬉しい。嬉しいのに、すごく怖い。
次瞬間、切島くんから出た言葉は。
「ッごめん!」
勢い良く深々と頭を下げられ、これがどういうことなのか瞬時に理解した。
「霧々が、そんな風に思ってくれてたなんて、俺、全然気づかなかった…。いや、なんつーかすごい慕ってくれてんだな!ってのは思ってたけど」
姿勢を戻し、苦しげな表情で切島くんは続ける。
「悪ぃ。俺は、霧々の気持ちには、応えられない」
彼の言葉が頭の中で残響する。
切島くん。
いいんだよ、分かってる、気にしないで。そんな辛そうな顔しないで。心とは裏腹にそんな言葉が口から勝手に出そうになって、でも声にはならない。
「その、なんつーか、さっきも、いままでも、霧々は俺のことベタ褒めしてくれっけど、霧々の方こそすごいやつだと俺は思ってる」
「え…?」
「俺だって、何度お前に助けられてることか!」
切島くんの表情はいつになく真剣で、それが心からの言葉なのだと訴えている。
予想もしなかった返しに、心がついて行けない。すごいやつ?誰が?私?誰のことを言っているの?
「俺の中で霧々まいって人間は、努力家でひたむきで、ガッツのあるすごいヤツなんだ。俺の方こそ、お前に並べるようなやつじゃない」
「そ、んなこと」
「いや!俺が俺に納得できねぇんだ!」
強くそう言い切ると、切島くんは私を見つめる。
「霧々の気持ちは、ちゃんとわかった。本当にうれしい、と思う。正直まだびっくりしちまって追いついてない部分もあるけど」
自然と詰めていた息をゆっくりと吐く。
私の気持ちはちゃんと伝わった。切島くんも、きちんと伝えてくれた。
「そっか……」
私はそう答えるのが精一杯だった。
☆
「フラレちゃった」
どうやって寮まで帰ってきたのか全然覚えていない。
気づいたら部屋にいて、訪ねてきた三奈ちゃんと二人でただ座っていた。
私が笑いながら言うと、三奈ちゃんは言葉が出てこないようで、何かを言いかけては口を閉ざしてを繰り返す。
「切島くん、私のことすごいやつっていってくれたの。私、びっくりしちゃった!」
「…まい…」
「あのね、三奈ちゃん。ちゃんと伝わったんだよ、わたしが、切島くんのことが好きなんだって」
「まい!!」
ぎゅう、と痛いくらいに三奈ちゃんが私を抱きしめる。ぽろり、ぽろりと涙がこぼれて、抱きしめてくれる三奈ちゃんの肩を濡らしちゃうなあ、なんてぼんやり考えても涙は止まらなかった。
「切島は馬鹿だよ!すごいってわかってて!こんなに可愛いまいをフるなんてさ!!」
アホほど後悔しろ!と呪詛のように三奈ちゃんは叫ぶようにいうのを聞いて、少し笑ってしまった。でも、涙は止まらない。
ああ、伝わった。やっと伝わったのに、認めて貰えたのに。欲しいのはそんな言葉じゃなかった。
切島くん。
好きなの、好きなんだよ。
好きなのに、切島くん…。
翌日、変わらず朝はやってきて、寮のロビーに向かう切島くんの後ろ姿を発見する。
ああ、どうしよう。好きだなあ、とぼんやり考えてしまう。自分で思っていた以上に私の切島くんへの想いは深くて、もう心の一部と言っても過言じゃないくらい。
大丈夫、あの後腫れてしまった瞼はホットタオル&冷してすっかり元通り。ひとつだけ深呼吸して、笑顔で声をかける。
「おはよう、切島くん!」
全てがいままで通りとはいかないけど、わたしのたった一つは変われない。
フラれたって、気持ちは伝わったんだもの。あなたを見つめていたいから、顔を上げなきゃ。
written by 日和
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