猫茶日和 > MY HERO ACADEMIA > あわせ鏡の気持ち/後編
霧々とは中学からの腐れ縁で、何故か俺を慕ってくれているクラスメイト。
そう、思っていた。
「ありがとうございます、天喰先輩」
用があって訪ねてきたらしい天喰先輩から何かを受け取って微笑む霧々。
そのまま何か話しているようだが、会話の内容までは聞き取れない。
「よー切島どうした?」
「んお!?いや、なんでもねぇ」
約ひと月前のバレンタインの日、俺は霧々に告白された。
言われた瞬間は混乱したけど、じわじわと喜びが湧き上がってきた。それと同時に、彼女に向けられる顔がなかった。
霧々の言葉ひとつひとつに、そのひたむきな思いが込められていて眩しかった。
まるで霧々の語る「切島鋭児郎」が他人のようにさえ感じられた。
胸を張って、そう言ってもらえるだけのやつじゃないってことは俺自身がよく知っていたから。
「そういやもうすぐホワイトデーだなーお返しどうするよ?」
「なんでホワイトデーは3倍返しの概念があるんだろな…」
瀬呂と上鳴の声に、ぼうっとしていた思考を戻す。戻す、が、会話の内容を聞いて固まった。
ホワイトデー。
「どうした切島、面白い顔して」
「まさかお前…」
「まだ!!!これから考えっから!!」
2人だけでなく、我関せずを貫いていた爆豪の視線も突き刺さる。
そうだ、あれからずっとやたら考え込んでてすっかり忘れてたけどホワイトデーだよ!
霧々からはバレンタインということもあって、告白されたときにチョコレートをもらっている。
「まーもう返事してるわけだしな、お返しっていってもちょっと悩むよな」
上鳴が少しだけ同情をしたように乾いた笑いを浮かべる。
霧々と俺は告白してフってフられた仲ではあるけど、霧々の態度は今までとまったく変わらない。
改めて顔を合わせた時こそ緊張したものの、いつもの眩しい笑顔で挨拶してきた霧々に毒気を抜かれた覚えがある。
霧々なりの気遣いかもしれないが、なんか少しモヤっともする。
とはいえ、顔を合わせれば普通に話すし、笑ってくれる。だからお返しをするのにも気まずくはない。
「切島は100倍返しくらいしてもいいと思う」
「それな」
「100倍!!!?」
瀬呂の言葉に驚きつつも、いやでもそんくらいはしてもいいんじゃないかと考え始める。
霧々にはめちゃくちゃ世話になってんのも事実だし、勇気だして告白してくれたわけだし。
うーんと考え込んだ俺を見て、爆豪が口をはさむ。
「切島、てめェハデ髪のことフったんだよな」
「…ん、おお、そうだな…」
「自覚してんだかしてねーんだか…てめえらがどうなろうが興味ねーけど、今のお前は視界に入れる価値もねえ」
「お、おい爆豪!」
そう吐き捨てて、去っていく背を止めることもできず、伸ばした手を下ろす。
「ま、爆豪の言いたいこともまあわかるっちゃわかるな」
気まずい空気をそのまま引き継いで、瀬呂は呟いた。怒りとかではなく、どこか呆れているようだった。
「なあ、なんで霧々のことフったんだ?」
「あ、俺も気になってた」
「そりゃ…」
先程まで見ていた虹色の光を心に思い浮かべて、言葉が溢れ落ちる。
「霧々は俺にはもったいねーよ」
☆
霧々は本当にすごいやつだと思う。実のところ、俺はあいつのことを尊敬してる。
そんな彼女の第一印象は、『めちゃくちゃ目立つのに地味な女の子』だった。
遠目にも目を引く虹色の光彩の髪は綺麗で、なのに中身は物静かで話したことすらなかった。芦戸の陰に隠れているばかりで、いつもうつむいていた。
でも、ある時、そう、俺がいじめられていた霧々を助けたときから、彼女は激的に変わったんだ。
芦戸の後ろに隠れていたのが嘘のように、むしろ前に出るようになった。
暴走しがちな芦戸を窘めたり、一緒に楽しそうに笑っている姿をよく見るようになった。
俺にも話かけてきては、一生懸命に俺のことを褒めてくれた。
思い出すとあれもそういう好意だったんだよな、と気づいてなかった自分に恥ずかしくなる。でもそんな自意識過剰なこと考える余裕もなかったっていうか!
霧々も雄英を受けると聞いたときはひたすら驚いたし、共に挑戦するライバルでもあったけど応援したくなった。
一緒に通えるとわかったときは、自分のことのようにめちゃくちゃ嬉しかったのを今でも覚えてる。
雄英でも彼女は努力の塊だった。体育祭も、合宿も、インターンも、試験でも、etc…。
あれから霧々がうつむいている姿はもう見ていない。
「ホワイトデーな〜」
思考をすっきりさせたくてトレーニングルームでひたすら汗を流したものの、悩みは解決しないまま。
「ムムッ乙女の敵」
部屋に戻る途中にバッタリと遭遇したのは、バレンタインから日々俺に射殺さんばかりの視線を送ってきていた芦戸だった。
今も眉間に皺を寄せて睨みつけてくる視線に耐えられず、そっと視線を反らす。
そんな俺の様子に、これみよがしに芦戸はため息をついた。
「はあ〜〜どうしてまいはこんなの好きになっちゃったんだか」
「こんなので悪かったな」
思わず俺もムッとして返すと、芦戸はキョロキョロと一度周りをみて確認してから一歩近づいた。
「ねえ、どうしてまいのことフったの?」
「なんで皆それ聞くんだ?」
「皆まいのことめっちゃ応援してたからね。ま、私が聞いたのは単純に納得できなくて」
先程までの怒りはどこへやら、真剣な表情にただ茶化して聞いているわけじゃないことがわかる。
それもそうか、芦戸と霧々は親友だ。俺に関することも色々二人で話してたんだろうか。
「恋愛かどうかはさておき、切島はまいのこと好きだと思ってたんだよね」
「ん…おお…」
「だよねーここでとぼけたら溶かしてたわー」
あはは、と笑っているものの目は本気である。
「だからね、どうしてだろうって。やっぱりそういう好きじゃなかった?」
芦戸とも中学からの腐れ縁だ。いくら親友のことがある相手とはいえ、俺のこともそれなりに心配してくれているようだった。
これだから、こいつには敵わないなと思い知らされる。
「霧々には俺なんかよりもっといい相手がいるよ」
そう言って、心の中の鈍い痛みを無視する。
俺の言葉を聞いた芦戸は数回瞬きをすると、首を傾げた。
「誰?」
「誰って、そりゃー男らしくて頼りになってどんなときもアイツを守ってやれるようなスゲーやつだよ!」
「だからそれが誰なんだって」
「それは」
それは、誰だろう。
クラスの男たちを思い浮かべても当てはまる人はいない。隣のクラスも、先輩も違う。
でもきっといるはず、霧々が俺なんかよりもっと好きになるような格好いい男が、誰か。
「まいが選んだのは他でもない切島でしょ」
芦戸の声に、顔を赤くして思いの丈をぶつけてきた霧々の姿が鮮やかに蘇る。
「俺なんかよりって、切島は何に怖じ気ついてるわけ?切島のダッサイところなんて、まいだってお見通しに決まってるじゃん」
「決まってんのか…」
「あの子が!どれほど!あんたのこと見てたと思ってんのよ!」
デコピンか!?と思うくらいの勢いで額をガンガンに小突かれる。
「まいと切島って似てると思う。十分すごいのに、自分自身がそれを認めてあげられないんだよね。そりゃあ、他人と自分の尺度は違うかもだけどさ、まいは切島のことをすごいと思ってて、切島だってまいのことすごいって思ってるんでしょ?なら、そのすごいヤツの言葉を信じてあげたら?」
俺が俺を信じられないなら、俺を信じてくれるやつを信じるなんて。
そんな手があるかよ、なんて少し笑ってしまったが心の中にストンと落ちた。霧々の言う言葉ひとつひとつに心から喜んだのは何故か。何かと彼女のことが気になったのは何故か。同中だからとはいえ、思い出の中に彼女の姿がたくさんあるのは何故か。
告白されたとき、すごく嬉しかったのは何故か。
俺は、告白されたという事実ではなく、霧々が俺をそういう意味で好いていてくれたことが嬉しかったんだ。
「オッッシャ!!!!!」
バシンと両頬を叩いて気合を一発。
突然でびっくりしたらしく目を丸くさせる芦戸に笑顔でお礼を言う。
「気合い入ったわ。さんきゅーな」
「別にお礼言われることはしてないけど、というか、私の質問の答えは?」
芦戸の質問?と少し考えた後、思い出す。
「悪ぃけど、お前より先に言う相手がいる」
☆
来たるは3月14日。
ホワイトデー、決戦の日だ。
結局のところ、気持ちがスッキリしてもお返しを見つけられていなかった俺は来る日もスマホにかじり付き、街を練り歩いた。
前日になってやっと決めたそれを手に持って、寮の彼女の部屋をノックする。
「霧々、ちょっといいか?」
「切島くん?」
突然の訪問に霧々は驚いて目を丸くするが、すぐに微笑みを浮かべた。
俺と霧々は二人で寮を出て、学校の方へと向かう。まだ校舎には人が残っているようだったが、中庭には人はおらず、静けさを保っていた。夜が近づいてきて、四角い空は赤と紫色が混ざっている。
「霧々」
覚悟を決めて、霧々に向き直ると、霧々は首を傾げながら、じっと見つめ返す。
3月中頃に差し掛かり、まだ冬の寒さが抜けきらないのに今だけはやたら暑く感じる。霧々の手を取り、息を吸い込んだ。
「好きだッ!!!!!!」
「ひゃ!?えっ!!?」
どんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいバクバクうるさい。
「ムシのいい話だって分かってる!今更なにを言ってんだって!」
そうだ、告白してからも様子が変わらなかったからなんだ。こんなに告白ってエネルギー使うんだ、なんてことないはずがない。それを俺は一度断ってるんだ、怒られるのももう嫌われているのも覚悟だ。どんなに自分が情けなくったって後悔したって変えられない事実だから。
霧々の手を握り、じっと見つめる。
「俺はお前につりあうような出来た男とは言えねえ。でも、霧々が見てくれてた俺を、お前を信じたい!」
「切島くん…」
「まだまだ頼りねーし、プロヒーローのプの字さえ見えねえガキだけど、他の誰よりも俺が一番霧々の力になってやりたいし、側に、いて欲しいと思う…だめか?」
不安で足元がぐらぐらするのを感じながら、霧々の表情を伺うと、彼女はうつむいたまま固まっている。
やっっっぱムシ良すぎるよな!!?と血の気が引いた。霧々はゆっくりと顔をあげると、見たこともない悲しげな表情で微笑んだ。
「気を、使ってくれてる?フラれた私が可哀想って」
「んなわけねー!俺がお前を好きなんだ!」
「どうして、」
私なんか、って声にならない声が聞こえた。芦戸の言うとおり、確かに俺らって似てるってのがやっと理解出来た。
「俺!霧々が頑張り屋なところが好きだ!お前の笑顔も好きだ!話してるときの目が綺麗だなって思うし、ここ一番で根性見せてくるとこは女ながら格好いいと思う!」
「えっ!?えっ、き、切島くん!?」
「悩んだり折れそうなとき、たくさんお前の言葉に救われてきた。俺からすれば、霧々だってもう立派なヒーロなんだぜ!」
恥ずかしさは二の次、と勢いであげていけば、どんどん霧々の顔が赤くなっていく。
その様子に逆に余裕ができてしまい、思わず笑ってしまう。
「霧々が伝えてくれた分にはまだまだ到底たりねーけど、100倍返せるくらいには霧々のことが好きだ」
「100倍」
ぽつりと呟いたのが先か、霧々の瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。1つ落ちてしまえばあとからあとから溢れてくる。
「霧々!!?俺、」
「私も…」
「え?」
「私も、切島くんが好きだよ」
「霧々…!!」
泣きながらも、霧々は笑顔でそう答えてくれた。
「よ、ヨッシャーー!!!」
「!!!!???」
「いやもうあれから霧々も別に気にした様子もねえし、嫌われてても仕方ねえと思ってたからほんと…まじか!」
「切島くん切島くんあの私も嬉しいんだけどちょっと待って」
喜びのあまり抱きしめてしまったが、霧々の声にさっと離す。
霧々は涙もすっかり止まって、また茹で蛸の様に真っ赤になって震えている。おお…。
「気にした様子もないなんて、そんなことないよ!…フラレちゃったけど、気持ちは全然変わらなかったの」
諦めが悪くてごめんね、なんて霧々は言うがむしろ俺としては嬉しい限りだ。
「切島くん、ありが」
「ちょっと待ってくれ!」
「?」
「それは俺に言わせてくれねえか」
俺に対しての誠実でありたい、と言ってくれた霧々。俺も霧々に誠実でありたい。
これはその一歩だ。
「霧々、俺を好きになってくれてありがとな!」
それから、霧々の手をしっかり握り手を繋いだまま寮へ帰ると、寮前ではいつからいたのか芦戸が仁王立ちしていた。
俺らの姿を見るなり、滝のように泣きはじめ、慌てて二人で慰める。
よほど心配かけてしまってたんだなあ、とほっこりし始める俺らだったが、突然駆け出し、みんなに俺らが付き合い始めたことを大声で報告しだし、結果お祭り騒ぎに発展した。
まあまあまあ、それはいいとして?
なんで俺は正座させられてるんだ?
written by 日和
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