猫茶日和 > MY HERO ACADEMIA > 二人きりのお茶会
暗がりの部屋の中、ぱちりと目を開けた。
体勢を変えてみたり、羊を数えてみたりしたあと、諦めて体を起こす。薄暗い中で時計に目を向けてみれば、針は1時過ぎを指していた。ちらりとベッドの横の猫ベッドで寝ている猫ちゃんの様子を伺うが、心地よさそうに眠っているみたい。
起こさないように細心の注意を払って、そろりと部屋を抜け出すことに成功するとほっと息を吐いた。
「あれ、菊ちゃん?どうしたの…?」
ふいに横から声を掛けられて、そちらを向くと、眠い目をこするまいちゃんがいた。
「まいちゃんこそ」
「私はこれから寝るところ。三奈ちゃんとすっかり話し込んじゃって…ふあ…、うるさくて起こしちゃった…?」
「ううん、全然気づかなかったよ」
「よかったあ」
とろんとした目で返事をする様子に、よほど眠いんだなあ、と思わず笑ってしまう。
少しお話してもらえたら、なんてちょっと甘えたい気持ちもあったけど、ここまで眠そうならしっかり寝させてあげたい。
「私は…なんだか寝付けなくて。何か飲んで落ち着こうかなって」
「そうなんだ。私も…お付き合いしたいけど…眠気がさすがに限界で…ごめんね…」
「そうしたら、お茶会は昼間に改めてしよう?今日はゆっくり休んでね」
「うん…おやすみ、菊ちゃん」
「おやすみなさい」
まいちゃんが部屋に入るのを見届けてから、とんとんと階段を下りる。
1階までくれば、共有フロアの奥にあるキッチンは電気がついているようだった。
誰か寝付けない仲間がいるのかな、と様子を伺ってみれば見慣れた後姿があった。
「勝己くん…?」
「あ?菊?何してんだ」
水が注がれたコップを片手に、勝己くんが尋ねる。
勝己くんだとわかった瞬間、すっと体が楽になったような気がした。無意識に緊張でもしてたのかな。消灯時間も過ぎてて暗いし…。
「目が覚めちゃって、何か飲もうかなって。勝己くんも?」
「まーな」
「ふふ、お揃いだ。良かったら何か淹れようか?」
勝己くんの分はストレート。私はどうしようかな、ミルクティーがいいかな。
やかんに水を入れお湯を沸かし、戸棚から私と勝己くんのカップと、ティーバッグの入った缶を取り出す。沸いたお湯をカップに注いでカップを温めてから、あたらめてティーバッグとお湯を注ぎ蓋をする。
砂時計を逆さまにして、これであとは待つだけ。あ、牛乳も出しておかないと。
入寮してからみんなで集まるときは、だいたい私か百ちゃんがお茶の用意をするから、キッチンには使い慣れた道具が揃っている。
キッチンの棚は大きいけど置けるものは限られているのに、快く置かせてくれるみんなには感謝だなあ。
落ち切った砂時計みて、カップの蓋を取り、ティーバッグをとる。
「はい。召し上がれ」
「……」
「勝己くん?」
カップを勝己くんに差し出すと、勝己くんはぼんやりとした様子で受け取った。
ゆらゆらと揺れる湯気越しに、勝己くんの和らいだ表情が見える。
「…こういう感じか」
「気分と違った?」
「ちげーよ、こっちの話」
どっちの話?と思いつつ、私も自分の分の紅茶に牛乳と蜂蜜を入れて飲む。
紅茶の香りと、甘くてまろやかな味わいが口の中に広がる。うん。おいしい。
「目が覚めた、ってなんかあったんか?」
「何もないよ。ただ、ほんとに寝付けなかったの」
カップを見つめて呟くように答えると勝己くんがため息をついた。
どうしたんだろうと顔を上げると、まっすぐな視線とぶつかる。
「傍にいる」
「え」
「お前に何か起きる前に俺が潰す。それに頼んでねーけど、だいたいクソ猫が傍にいんだろ」
「えっと」
「だから菊はこうやって暢気に茶でも飲んでろや」
そういって、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
どうして、よりも、やっぱり、と心の中でつぶやいた。本当に、勝己くんに隠し事はできないなあ。
立て続けに起こる敵騒動、勝己くんの誘拐、入寮…。目まぐるしく日々は過ぎて行って、落ち着くこともなく不安だけが少しずつ積もっていた。
これからどうなるんだろうとか、どうすることもできないのに、このままでいいのかとか、ふと思ってしまうのだ。でも。
こくりとミルクティーを飲んで、一つ息を吐く。
「そうだね。みんなとこうやって、のんびりお茶したい」
きっともう大丈夫。心の奥が暖かくなって、不安なんて消え去ってしまった。
勝己くんもこのところ悩んでいるようなのに、変わらず私のことも気にかけていてくれて頭が上がらない。
私も、もっと勝己くんの力になれたらいいのにな。
「今はそれ飲んだらさっさと寝ろ。部屋まで送る」
「送ってくれなくても大丈夫だよ?」
「送る。寮とはいえ夜中にフラフラ出歩いてんじゃねーよ、ほら」
残り少ないミルクティーを飲み干せば、手を出す前に勝己くんが片付けてしまった。
ふたりで静かな寮を歩き、あっという間に私の部屋の前までたどり着いてしまう。
まあ、そんなに距離がないから当たり前なんだけど、この時間が終わってしまうのが残念で、もっと遠ければよかったななんて思ってしまう。
変だな、勝己くんとはいつも一緒にいるのに。いつも一緒にいるから、離れがたいのかな?
「…もう寝れそうかよ」
ぼそりと言われた言葉に、私はうーんと考えるふりをしてから答える。
「うん、もう大丈夫。ありがとう、勝己くん」
「おお」
「…本当はね、勝己くんの顔見たらすぐ安心しちゃったみたいで、結構眠いの」
心配させちゃったのに単純でごめんね、なんて笑うと、勝己くんも小さく笑った。
きっと今笑顔を浮かべてくれているはずなのに、月明かりを背にしているせいか、顔が暗くてよく見えない。顔が見たいな、と思って手を伸ばせば、頬に触れる直前にその手を捕まれる。
「あんま煽んなや」
暖かいお茶を飲んだ後だからか、触れる手が暖かくて心地よい。どうしたの?と聞く前にその手は離されてしまい、部屋に押し込まれる。
「さっさと寝ろ」
「う、うん。勝己くんもね。おやすみなさい」
「おやすみ」
ぱたん、と戸が閉じて足音が遠ざかっていくのが分かった。
触れていた手は今でも暖かくて、手どころかなんだか体中がぽかぽかしてきた。
「…キク?」
「あ、猫ちゃん。起こしちゃった?」
猫ちゃんはするりとキャットフォームを解くと、私のそばにきてそっと抱きしめた。嬉しいけれど突然のことにびっくりして、瞬きする。
「猫ちゃん?」
「こうすると、落ち着く」
「…うん。そうだね、落ち着くね」
「甘い匂い、する。カツカツのおかげ?」
あ、すごい。勝己くんといたのもわかるんだ。甘い匂い…はミルクティー飲んだからかな。
半分まどろみながらではあるけど、猫ちゃんにも心配かけちゃってたみたい。優しくなでれば、心地よさそうに目を細める。
「ねえ猫ちゃん。今日は一緒に寝てもいいかな?ちょっと狭いかもしれないけど」
「いいよ」
再びキャットフォームに戻った猫ちゃんと布団に潜り込む。
猫ちゃんが傍にいるからか、とってもあったかい。
今日はぐっすり眠れそう。起きたら、まいちゃんと約束したお茶会の話をしよう。
勝己くんも呼んだら来てくれるかな、なんてうとうとしながら考える。
お菓子も作ろう。甘さは控えめで。
しょっぱいものもあるといいよね、マスタードを少し多めに塗った卵サンドイッチがいいかなあ。
それでまた、勝己くんの好きなお茶を淹れて、今度は私が話を聞いてあげるんだ。
written by 日和
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