忘却の姫子
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レゼナが咲いた日 
 *

 ピュルル ピー

 遥か頭上の上空を、数羽の鳥が北から南に飛んで行った。カズラ鳥だ。カズラ鳥は寒い地から暖かい地を求めて春頃──レゼナが咲く季節に飛来する渡り鳥だった。陽光は暖かで優しく、本格的な春が来るのも間近である。

「おっ。カズラ鳥かー。春だなぁ」
「そうね」

 ミルフィはハウエルの言葉に生返事を返した。
 ハウエルはミルフィの幼なじみだった。
 レイストン牧場の末息子で、ミルフィより一つ年上の十五歳。淡い金の髪に青い瞳が印象的な少年だ。ハウエルは近辺の各家庭に、早朝ミルクを売る仕事を学業の傍らしていた。
 ここはレイストン牧場の馬の厩舎の近くである。ミルフィは馬の放牧場の木柵の上に座り、足をぶらぶらとさせていた。

「ミルフィ。もうすぐで春休みだな」
「そうね」
「今年は旅行の計画はあるのか?」

 ハウエルは愛馬のレジーにブラシをかけてやりながら、柵の上のミルフィにしきりに話しかけているが、ミルフィは上の空だ。
 遊びに来てくれたのは嬉しいがどうも様子がおかしい。

「フィー」

 ハウエルは幼い頃からの愛称で呼びかける。

「なぁに?」
「ユージンさんと喧嘩でもしたのか?」

 そう聞いた途端、ミルフィの両瞳にはみるみるうちに涙が盛り上がった。ハウエルは仰天してミルフィに駆け寄った。

「フィー!?」

 ミルフィは柵を身軽に飛び降りると、ハウエルの胸にしがみついた。ハウエルは狼狽してミルフィの肩を抱く。

「私……家を追い出されちゃった」

 グスリと鼻を啜りながら爆弾発言をしたミルフィに、ハウエルは「ええ!?」と声を張り上げた。

「何だって?」

 まさかと思って聞いてみたのだが、予想外の言葉にハウエルは大いに慌てた。
 家を追い出されたって!?

「いったいどういうことだよ……」
「あのね──今朝、家にユージンの知り合いが訪ねてきたの」

忘却の姫子