忘却の姫子
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レゼナが咲いた日 
 その日の帰り道。日が西に傾き、緩やかに夕方に向かいつつあった。
 オスガを家まで送った帰り、レジーの背に揺られながら、ミルフィもハウエルも静かに口をつぐんでいた。二人共心持ち表情が沈んでいる。ハウエルはどこか物思いに沈んでいた。
 やがてミルフィは意を決したように口を開いた。

「ねえ。ハウエル」
「なんだい?」
「どうして人は戦争なんて愚かな行為を繰り返すのかしらね」
「……難しいね。人間は本当に愚かな生き物だよ。国と国の喧嘩だったり、領土を増やすための侵略だったり。昔から戦は絶えなかった。なぜなのかはオレにも分からない」

 ミルフィはこくりと頷いた。

「そうね。私もよ。おばあちゃんの話を聞いて、改めて、戦争なんて馬鹿げている。そう思ったわ」
「うん。ウルディアスとレイズヴァーグだって、今は表面上は仲良くなったように見えるけれど本当のところは分からないってきっとみんな考えている。そういう声を聞くよ。だからまた戦争はいつか必ず起きるだろうって」
「いやね。怖くなるじゃないの」
「……ごめん」

 セレスティアは長い間、沈黙の王国としても有名だったとオスガが話していた。古から──レイズヴァーグとウルディアスが大陸を支配するずっと昔から続いていた王国で、他国との交流を一切絶っていた時期があったと。何代か前のセレスティア王女がレイズヴァーグに嫁ぎ、その子孫は今でも続いているが、国交は無いに等しかった。それはウルディアスとも同じである。
 理由は分からない。人々の間では、セレスティアは神々が降臨する土地だとか、古の財宝が眠っているとか、古代の遺跡から二種の神器の在り処を示す古文書が発掘されたとか、多彩な噂の絶えない王国だったと。
 他国との国交を経ち、政治にも関与せずにひっそりと続いていた王国が、十四年前レイズヴァーグに滅ぼされた。
 ハウエルは、目の前で揺れるミルフィの漆黒の髪をじっと眺めた。この地方では珍しい黒い髪と瞳をミルフィは持っている。肌も象牙色で、不思議で綺麗な色合いだった。
 そう。西のウルディアスでは珍しいのだ。大きな都ともなれば、今の時代はそう珍しくもなくなったが、都からは遠く離れた片田舎の町ではまだまだ珍しい。

忘却の姫子