忘却の姫子
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青の剣士 
 食卓の上に朝食の準備を済ませてエプロンを外した所で、ミルフィは、ソファーの上の壁にかけられた、額縁に納められた一枚の絵画を見つめているルシアスに気が付いた。
 真剣な面持ちのその横顔を、ミルフィは不思議そうに見やる。
 彼が見つめている絵画は、レゼナの丘の一望を描いたものだった。

「それね、数年前に旅の画家が描いてくれた絵なの」

 ミルフィはルシアスの隣に立ち、同じく絵画を見つめる。
 一ヶ月程レゼリュウスに滞在していた旅の画家は、数年前のちょうど今頃にこの町を訪れていた。
 隣町でレゼナの丘の噂を聞き、描きに来たと言っていた。

「レゼナ……」

 ぽつりと、ルシアスは呟く。
 ミルフィは微笑んで大きく頷いた。

「綺麗でしょう? 私レゼナが大好き。あなたは好き?」

 遠近法を使い、一面に咲き乱れるレゼナ花の様子が描き出された見事な一枚の絵。

「ああ」

 軽く頷くルシアスに、ミルフィは嬉しくなって彼の端正な横顔を見上げた。
 昨日の初対面での不躾な態度や、無愛想で冷たい物言いの彼にはあまり良い印象を持てなかったが、花を好きだと頷く彼だ。本当はそんなに悪い人ではないのかもしれない。
 学校のクラスメートで、ハウエルを除いて、花に興味を持つ男子なんて居なかった。

「そうだわ! ユージンも用事で出かけたし、今日、丘に行ってみない? 私案内するわ。今ね、ちょうど満開なの」

 ミルフィの提案に、ルシアスは一瞬の間を開けてから、頷いた。

「決まりね。お弁当も作るわ」

 楽しそうに胸の前で手を合わせるミルフィは、ルシアスの瞳の陰りには気付かなかった。

忘却の姫子