ラスナーダ亭
ユージンが昔、騎士をしていて。ルシアスはユージンの元教え子だった。私は本当に、知らないことが多すぎる。亜人種の存在も知らなかった。
ここ数日でたくさんの知らなかったことを知り、ミルフィは軽く唇を噛む。
ユージンが、何らかの理由で失踪してしまった。
一体、何が起きようとしているのか。何が起こっているのか、それすらも分からない不安の中、私がしっかりしなければもっと事態は悪くなる。
そう気持ちを奮い立たせ、ミルフィは自室の窓辺の鉢植えを見つめた。小さな鉢植えには、今年のレゼナが花を咲かせている。
(大丈夫、私は頑張れる。ね、そうでしょう?)
窓辺に歩み寄り、大好きなレゼナの花弁をそっと指先で撫でながら問いかけた。レゼナの初咲きを見たんだもの。最初に見た者には幸福が訪れると言い伝えのある青い花。
私を守ってね?
そっと心の中で語りかけ、ミルフィは窓辺を離れると自室を後にした。
翌日、ミルフィ達は朝早くにアスタへ向けて出発した。
馬車に揺られて数時間。隣町の町並みの輪郭が前方にぼんやりと確認出来、昼少し前にやがて到着する。
「ここでも不審な事件はないか聞いてくる」
町に着き、ルシアスはまず先にアスタの駐屯警察軍の庁舎に向かった。その間、ミルフィは町の大きな広場の中央噴水付近でソララと待つ。ソララは人間の少女の姿だった。ここアスタも、片田舎には変わりない。彼女のふんわりと揺れる猫耳が物珍しいのか、町行く人々の好奇の視線がチラチラと向けられている。
「ねえ。見られてるわ」
やや居たたまれなくなり、ミルフィは傍らのソララの腕の服をつんと引く。ソララは慣れているのか、特に気にした風もなく、屋台で買ったアイスクリームを舐めていた。
「ほんと、田舎って。あたしはこんなの慣れてるもの」
平気よ、と軽く鼻を鳴らす。
「慣れちゃうものなのね。私にはきっと無理よ」
ソララには出会ってからずっと驚かされてばかりだ。
「生まれつき亜人種だもの。あたし達は数が極端に少ないわ。数億といる人間のほんのひと握り。故郷を出たがらない仲間がほとんどだわね。まあ、あたしは目的のために故郷を離れたから、異端児かしら」