疾うに酸素は足りません



『六号室終了、記録2秒』

「2秒……本当にすごいね……」

「いや……ほんとに……これは……まぐれで……」


部屋から出た後もやたら時枝は名前にすごいねと褒めてきた。
心なしか目は僅かに開き、頬がやや紅潮している事から、初めて見たから興奮している、と言った所だろうか。
時枝自身それだけではなかったが、今はそれよりも緑川や自分の隊の木虎を抑えて2秒という結果を叩き出したこの少女に素晴らしいと心から思った。


『一号室終了、記録58秒』

『三号室終了、記録96秒』

『二号室終了、記録45秒』


名前と時枝が部屋を出たタイミングで、次々と訓練生達は近界民を倒していき、部屋から出てきた。
皆ホッと息をつき、先程のドヤ顔連中は自分達が一番速いんだと豪語していた。
名前からしたら目立つのは嫌いなので、その豪語している人達には大変助かっていてむしろもっと言ってくれ状態である。
しかし生憎名前の結果を見られているのは目の前の時枝のみ。彼さえ説き伏せてしまえば記録は流出される事は無いはずだ。


「あ、あの……えと」

「ん?あぁ、名前知らない?おれは時枝充」

「あっ、ありがとうございます。時枝さん、あの、私目立つのはあまり好きではないので、この事は……」

「あぁ大丈夫だよ、この結果はおれは誰にも言わない。けど完璧に内緒にみんなには内緒ってのはできないかな」

「え"」


曰く、時枝によればこの訓練はカメラで撮られ、別室で他のB級隊員が監督しているのだとか。
それはもしもの事があった時、不正をしないようになど理由は様々だが、それよりも最もなのは新しく入隊してきた訓練生達の実力を見るためだ。
このような訓練は後にログにまとめられ、誰でも見れるようにしてあるらしい。それを見たB級隊員やA級隊員達が訓練生に声をかけ、あわよくばスカウトや師匠をしてくれたりといった具合だ。

だからこれまでの名前の行動の一部始終は、しっかりバッチリどこかの部屋にいるB級隊員達によって撮られ、他のログへと流出されているという訳だ。


「それに今見てるっていう人もいるしね」

「今どこか別室で見てるって事でしょうか?」

「それもあるし、ほらあそこ。上から見てたりとか」


と、時枝が指差した場所は部屋の真上。ちょうど部屋は透明なため、上からは見下ろす形で訓練生達の動きが見れる。
ログが待ちきれない、早く見ておいていち早く素晴らしい子はスカウトしたい、といった隊員達がよく来るんだとか。

上を見上げると、ちょうど名前の真上に何人か人がいてしっかりと名前を見ていた。


これは……初日から目標ぶっ壊れですね……。


ご愁傷様と自分自身に心の中で手を合わせつつ、時枝と訓練生達と嵐山の所へと行き、今日の訓練を終了した。

周りの訓練生達は名前の記録に気付く者はいなかったらしいが、他のB級隊員やA級隊員には気付かれただろう。
それにログもあるから、きっと目立ちたくないという名前の願いは数週間も経たぬ内に崩れ去る。


初日から重い気持ちで過ごすはめになる名前であった。



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