「二秒……?」
「へぇ、またすごい子出ましたか」
モニター室で訓練の様子を見守るは諏訪と堤。
煙草を咥え気怠そうに訓練を見ていた諏訪は、ある一室の訓練生を見るとガタリと画面へと近付く。
堤も他の諏訪に釣られ画面を覗く。そこには小柄な少女が一人と自分達がよく知る顔が一人。
よく知る顔は時枝で、少女は名前だった。
少女は小柄な身体とは不釣り合いすぎる大きな弧月を持ち、時枝と何やら話をしている。
「時枝か……?」
「あの子だけ一人遅れてきたから、付き添いみたいなもんでしょ」
「それにしても最近ちっこい奴らばっかりでけぇ記録叩き出してくんなー。白チビなんて一秒以下だぜ?」
「でもあの子も女の子にしてはやるね、二秒なんてあの白い子の次に速いじゃないですか」
二人の視線が画面越しの少女に注がれる。自分の身の丈には大きすぎる武器を携え、時枝の話に緊張しつつも答えている聡明で愛らしい姿。
「妹に欲しいな……」
「帰ってきた時作ってくれたたこわさとか食べたいですね……」
「あ……俺も肉料理作って欲しい……」
「晩酌で注いで欲しい……」
「分かる……」
モニター室で、最近仕事で疲れが溜まった男性陣の欲望が漏れた。
*
「君」
「!はい!」
嵐山の締めの言葉で訓練が終わり、訓練生達は続々と帰宅する。
名前もこれ以上目立ちたくはないので早々に訓練生の群れから抜け出そうとすると、早速時枝に声をかけられてしまった。
声をかけられ周りの訓練生達が名前を見て何やらヒソヒソと囁き合う。
「どうしたんだろうあの子……」
「入隊取り消しとかじゃねぇか?訓練の時あの子見なかったし」
「えー入隊初日から取り消しとかかわいそー」
「ま、敵が一人減ったって思えば楽じゃね?」
中身の無い憶測が嫌でも耳につく。隠そうともしないその声量は、きっと嵐山や時枝にも聞こえている事だろう。
ありがとうございまーすと半分おどけたような言い方で部屋を出ていった訓練生達を見送ってから、名前は二人に向き合った。
「すまないな……全員帰ってから君を呼び止めるべきだったよ……」
「お構いなく、お気遣いありがとうございます。えーと……」
「嵐山准だ。君は?」
「嵐山さんですね。私は名字名前です」
嵐山という男は爽やかな笑みを浮かべ、スマートに挨拶をした。
イケメンの権化というべきか、とにかく顔が整っていて直視するのすら申し訳ないくらいだった。何か嵐山の後ろで後光が差している気がしたが気のせいか。
「名字か。隣の方は」
「改めて宜しく。時枝充です」
「嵐山さん時枝さん、初めまして宜しくお願いします」
名前は失礼のないよう二人に丁寧にお辞儀をする。
せっかく声をかけてくれたのだから、失礼のないような態度を取らねばと努めた名前だったが、それを見た嵐山と時枝は驚いたようにへぇと声を漏らした。
「名字はいくつだ?」
「……?十六です」
「高校生でもうそんな……」
時枝と嵐山はふむと顎に手を当て、感心したように頷き合う。
名前はあまり状況が飲み込めず、何かやらかしてしまったのかと推測した。事実は全くの逆で、彼らは名前の物腰柔らかな丁寧な態度に感心し、驚いただけなのだが。
そんな事など露知らず、名前はオロオロとした。
「な、何か不躾な事をしてしまったでしょうか……」
「いや違うんだ!名字の態度がすごいなって、高校生でそこまで素晴らしい子は初めてだ!」
「そんな嬉しいお言葉を……!ありがとうございます!」
嵐山さんイケメンですか……!?優しくないですか……!?
紳士さんですね!?
「訓練見たぞ!近界民を2秒で倒したんだな!」
「は、はい。遅く始めてしまったので、一番遅いと思って焦って突っ込んでしまいましたが割りと大丈夫でした」
「あれで焦っちゃってたの……?」
名前の顔の横からひょこりと時枝が顔を覗かせる。
心なしか顔の距離が近く、名前は落ち着かず少しそわそわとした。
整った顔立ちの、自分よりも身長が高い男性が二人も自分の隣にいて話をしている。
口から心臓が飛び出るくらい緊張した。
生前でもイケメンさん多かったですけど、殺伐として平気でしたけど……ここのイケメンさん達は優しすぎて心臓が辛いです……!
赤くなる頬を必死に抑え、小さな背を更に小さくする。
時枝と嵐山はどうしたものかと首を傾げたが、自分達がイケメンすぎて心臓が辛いなどとは知る由もない。
「そうですね……かなり焦ってしまって少しぶれました」
「あれでぶれたのか、すごいな!良い攻撃手になれるぞ!」
「ほ、本当ですか……!?」
「あぁ!なぁ充!」
「基本一分切れれば良い方なんだ。だから君の二秒の記録はすごい事なんだよ」
両端のイケメンからこれでもかと褒められ、名前は申し訳なさありがたさでいっぱいになった。
とりあえず、目立ちはしなかったがこの二人と別室で見ていた人には、名前は技術が飛び抜けていると認識された。
おまけに同期の訓練生達には既に入隊を取り消されていると思われている。
ま、まぁこれはこれで良いのですかね……?