いとしくって反吐がでるね



イケメン二人のべた褒めがやっと終わり、名前は長い廊下を歩いていた。似たような廊下が無数に広がっていて、どこを歩いていたのか分からなくなってしまった。

とりあえず一旦落ち着こうと、自販機でココアを購入しベンチに座る。
プシリとプルタブを開けココアを飲みながら、どうしようかと思案した。
喉を通過する甘く温かい液体が、身体に染み渡り焦っているはずなのに妙に落ち着いてしまう。


「どうしたもんかな……」


最初の印象がガタ落ちとまでは行かずとも、あまり良くないのは痛感した。
さてどうしたものか。


それにしても、フラフラ来ちゃいましたけどここはどこでしょうか……。


ココアを飲み終わりゴミ箱に捨てた後、ふと現実にかえり重大な事実に気付いた。

今の自分の居場所が、分からないのだ。

額から嫌な汗が伝い、不自然に自販機の前をウロウロしてしまう。


「どうしたんだい?」

「!」

「その服は訓練生の子だね、迷子?」

「は、はい!迷子!迷子です!」


あまり人通りがなかったため、突然人の声がして、驚きと人が通った事による喜びがごちゃまぜになった変な声を出してしまった。
名前に声をかけてきた人物は、驚きつつもクスリと頬を緩ませる。
ふくよかな身体と気だるげな目が特徴的な男は、親切にも名前の身長に合わせるように身体を少し屈んで話しかけてくれた。


「俺は寺島雷蔵。君は?」

「名字名前です!」

「名前……で良いかな、今日は訓練だったのか?」

「では雷蔵さん、で行きます!そうなんです。今日は近界民と戦闘訓練でして……その帰りに迷ってしまいました」

「出口から出れれば良いかな?おいで」

「はい!」


ガコンとコーラを購入し、寺島は名前の前へと歩いていく。
元々歩幅が狭いのか分からないが、ちゃっかり名前の歩幅に合わせてくれている。
さり気ない優しさが嬉しいなぁと、名前の頬は緩んだ。


「雷蔵さんはボーダーの方なのですか?どこの所属なのでしょうか?」

「エンジニア。昔は戦闘員だったけどね」

「そうなんですか、エンジニアという事はトリガーを作ったりしてるんですか?すごいですね!」


名前は素直にすごいと思い、褒め称えた。
自分達が何となく使っているトリガーを、彼らは日頃使いやすいよう、より強いものを作ろうと切磋琢磨しているのだ。
それもあるし、何より名前は生前ハッカーであったから、そういう機械系には大変興味があった。

横から覗き込んで褒めまくる名前を、横目で見ながら照れる寺島。普段エンジニアという立場はあまり表に出ないため、褒められたりすごいと言われた事が無いのだ。
だから初めてベタ褒めされどうして良いか分からなくなってしまった。

結局「ありがとう……」と無難な答えしかできず、内心で語彙力が減った自分を呪った。


「……エンジニア、興味あるの?」

「そうですね、趣味で機械をいじっているので、すごくあります!でも戦闘員にならないと恩返しをしたい人にできないので、エンジニアにはなれないんですけどね……」


あはは、と照れた笑いを見せる名前を、寺島はぼうっ、と見つめた。こんなにも小さな子が恩返しをするためにボーダーに入るなど、なんと大人な子なのだと思ったのだ。
それと同時に、照れたような笑いがどうしようもない庇護欲をそそられた。何かしてあげたい、力になりたいと思ってしまったのだ。


「……俺の所で良ければ、いじっても大丈夫だよ」

「……!!?本当ですか!?」


チーフエンジニアである自分の立場ならば、何か上の者に言われても少しだけなら目を瞑ってくれるだろう。
自分の立場を最大限に活用し、寺島は名前のいじらしい望みを叶えてやった。
きめ細やかな肌がパッと朱色に染まり、綺麗な不思議な色味をした赤目が嬉しさに見開かれる。


「あ、ありがとうございます……!!ありがとうございます!!」

「自分のトリガーいじりくらいなら大丈夫でしょ。何か言われても俺なら平気だし」

「いえいえ!もうとても嬉しいです!嬉しいです!」

「語彙力無くなってるね」

「うああ恥ずかしいです……!」


嬉しさと興奮で語彙力が無くなっている名前が愛らしくなり堪らず弄れば、更に真っ赤にした顔を手で覆ってしまった。
少し残念に思われたが、これで名前は自分の所に通いつめるようになるだろう。


その後寺島は名前を出口まで案内した後、諏訪と風間と飲みに出掛けた際にこの事を酔ったついでに漏らしてしまい、見事諏訪と風間の興味が名前に向いたのは言うまでもない。



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