絶対的幸福



「名前ー、出かけるわよ」

「はーい」


母に買ってもらったエナメルの黒ストラップ靴を履き、車に乗り込む。

二度目の人生を迎えて早十六年、名前は十六歳になった。
今年三門市に越してきた名前は、新しい学校のための制服の寸法取りやら通学鞄の購入やらで今日の予定は山積みだった。


助手席に乗り込んだ拍子に、被っていたベレー帽が少しずれてしまう。しかしそれも車内だからと思い直し、頭からずり下がったそれを外した。

紺色の手触りの良いそれは可愛らしい小さなリボンが付いていて、普段ズボンばかりで女の子らしくない名前を気遣って母がプレゼントしてくれたものだ。
一度目の人生でそんな事はされなかった名前はそのベレー帽を貰った当時、じんわりと胸の中心が熱くなった思い出がある。
それが妙に心地好いもので、今でも忘れない。





名前の前の人生では、殺しや裏切りなどは日常茶飯事だった。
だからそういった温かい温もりや愛情には人一倍縁が無く、ハッカーだった両親からはむしろビシバシとハッカーについての知識や技術、更には戦術や生きる術の全てを叩き込まれた。

いつしか名前は天才的な武闘派ハッカーになった。
両親はそれを大層喜んだが、名前の心の奥底は愛情、温もりなどを欲していたし、プレゼントなど貰った事など無い。

だから十六になった今でも母に貰ったものを全て身に付けているのは、致し方ない事である。
名前にとっては初めての経験で、今まで本能的に欲していたものがやっと貰えたのだから。


満足そうに助手席に座る名前を微笑ましく見守る母。

十六になっても母から貰ったものを全て身に付け、平均的な娘よりも甘えている我が娘に、名前の母も戸惑いが無かったと言われれば無かった訳では無い。

産まれた時から妙に落ち着きがあり、冷静でいてどこか愛に飢えていた名前。
躾を始める前には既に躾が全てなっていて、三歳にして教えてもいないのにお母さんおはようございますと舌足らずに言われた。
驚きのあまりこちらもおはようございますと敬語で返してしまった程だ。
しかし人は十人十色。
こんな子もいるんだと名前の母も納得し、躾は一切せず名前の好きなようにさせ、愛情をたっぷりと注いだ。
その事が名前にとって大いに救いになるとは露知らず。











車に揺られ数十分。賑やかな商店街のパーキングに車を停め、制服を作っている店に入った。
受付を済ませ母と他愛も無い会話をしながら待ち時間を潰し、名前が呼ばれると更衣室の中に入り寸法を取る。

他にも靴のサイズを測って新しい通学用靴のローファー、通学鞄にジャージも購入した。
名前は生前高校というものには通った事が無かったので特にこだわりは無かったが、母が一人娘だしどうせならと張り切って進学校を勧めてくれたのだ。


とことんお母さんは私に愛情をくれるなぁ……嬉しい。


胸の中心がじんわりとまた熱くなり、嬉しさや幸せに包まれる。

その後二人は車に乗りこみ、名前と母は昼食場所を目指した。


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