愛が住む部屋



「そういえば名前はボーダーに興味は無い?」

「ボーダー……?」


ちゅるりと汁に付けた蕎麦を啜りながら、名前は鸚鵡返しをした。
珍しく蕎麦を食べたいと強請った母の希望を聞き蕎麦を食べてみたら、久々に食べたからか蕎麦はとても美味しかった。


母はまるで明日の天気は晴れですと言うような気軽な口調で、天ぷら蕎麦を食べながらもう一度ボーダーに興味は無い?と言う。
そこから予想される母のぜひ入ってみたらという期待に、少しだけ心が胸打った。


これは……もしや入ってみろと……?


名字家は元々三門市住みでは無い。
名前が十二歳の頃。
父の仕事の都合で引越しとなり、中学校の入学に合わせ三門市に越してきたのだ。

しかしその頃の三門市はボロボロ寸前。話を聞いてみれば近界民という怪物に突如襲われ、市民がたくさん犠牲になったと。
いきなり越してきた名前にとって衝撃で、こんな平和な世界にも戦いのような事も起きるんだなとその時は他人事で、過ぎ去る人々を見過ごしていた。

そこからいくらか経つと、ボーダーという組織ができたらしいと風の噂で聞いた。
そこでは訓練を受けた者が近界民を倒し、市民の平和を守っている、所謂ヒーロー。
詳しく何をしているのかは分からなかったが、それがボーダーに対する名前の一番の印象だった。

名前は三門市に越してきたけれど、母の勧めで小学校も中学校もどちらも隣の市の学校に通っていたから、ボーダーの印象なんてそんなものだった。


そんなボーダーに私が入れと。と半分呆れ、半分嬉しさのむず痒さ、そして少しの期待を胸に母の話を聞いた。


「お母さん、そのボーダーっていうのは何?」

「あら知らない?そういえば名前はテレビなんて見ないものねー……専ら本かパソコンばかりだったもの……。そうね、ボーダーっていうのはね、」


と、母が懇切丁寧に一からボーダーとは何かと語り始めた。




ボーダーは試験さえ受かれば誰でもなれる。
トリオン体という仮の身体があるから、酷い場合が無い限り死ぬ事など無い。
頑張れば頑張るだけ結果は伸びるし、趣味などが特に無い名前にとって新しい事に挑戦するチャンスではないか。

その他諸々ボーダーの良さや名前にとってどれだけ良い事か力説され、名前は思わず笑ってしまう。

あ、嫌なら良いのよ!と照れ臭そうに両手を胸の前で振る母は、我が親ながら可愛らしい仕草でまた笑ってしまう。
自分のためにこんなにも思ってくれる親は他にいるだろうか。これ程までに幸福な事は無いと名前は心底思った。


「お母さん」

「ん、なぁに、名前」

「そのボーダーの試験っていうのはいつ頃やるの?」

「……!」


その後ノリノリの母に書類をゴリ押しされたのは言うまでもない。



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