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今日も無事授業が終わり、帰宅する者や部活に励む者、委員会に行く者と別れる。

名前も昨日言っていた、学級委員の仕事をしている。


昨日説明をしてくれた男子(委員長)に連れられ、名前は会議室へと来た。
個人的な使用のみに使われるそれは、サボりに来た人や居残り目的で来る人など目的は様々。
会議室なのに妙に馴染む感覚は、きっとそれがあるからだろう。


委員長と向かい合わせに革張りのソファに座り、早速仕事に取り掛かる。
議題は今年度の文化祭についてだ。
出し物等はもう決まったのだが、それについての予算の計算や必要な物品等の見積書の作成など、やる事は意外とある。

左手で電卓で打ち、右手でそれらを書き留めながら、委員長と話し合う。
計算の合間に委員長が言った良い発言や、話し合いの結果などを別紙にメモしていく。

顔はしっかりと委員長を見ながら、しかし時々ズレていないか電卓と紙も見て。


そんな事をしていると、一時間もせず話し合いと作業の方は終了してしまった。



「……名字さん、すごいね……。両手と口全部違う動きしてた……。」

「頑張りました。」

「頑張ってできるものなら俺もぜひしたいな……才能だよこれは……。」

「褒めて頂き嬉しいです。」



いつもなら三時間くらいかかってたのに、名字さんいて本当に助かったよ。と委員長に褒められながら、名前は生徒会室と風紀室に向かう。

文化祭の見積書と予算案は、最初に風紀委員長に見せ、許可が降りれば最終関門として生徒会員の誰かに見せるのだ。
二人から許可が降りれば晴れて合格、そのクラスはめでたく出し物ができるという訳だ。


しかし委員長曰く、風紀委員長と生徒会員達は厳しいらしい。
少しでもミスや余計なものがあれば、即座に却下をしやり直しを要求してくるのだとか。



どんなに怖い人たちかヒヤヒヤしながら名前は委員長の後をついて行く。
やがてついた風紀室の前、委員長は少し震えながら扉を丁寧にノックした。



「し、失礼します。」

「失礼致します。」

「む、何の用だ。」

「あ、あの、文化祭の、あ、案がっ。」

「?」



風紀室に入った途端、委員長がビビりだしてしまった。目の前に立つ彼こそが、風紀委員長なのだろうと名前は推測する。
綺麗な黒髪に、耳元の髪の毛が真っ直ぐに切られている特徴的な髪型。
鼻筋の真っ直ぐ通った顔立ちと意思の強い瞳は中学生とは思えず、思わず息を飲んだ。


それにしたって、なんと身長の高い事か。
委員長はせいぜい百六十五くらいで、名前に至っては百六十あれば良い方だ。
しかし目の前の男子はあろう事か名前と三十センチ程は離れている。最早首を上げなければ顔が見えない。


そんな男子に気圧されまくっている委員長に、内心名前は不憫に思った。
それはそうだろう、あんな高い身長の、しかも顔が厳つい男子に見下ろされれば、誰だって萎縮してしまう。
名前は中身二十なので何の事はないが、委員長は流石に。



これは私が行かなきゃですね……。



委員長の肩を叩いて、まずは彼の意識を取り戻させる。
我に返った委員長に、プリントを寄越せと手を前に出せば、素直に出してきてくれた。



「ごめん……。」

「補佐ですもの、お安い御用ですよ。」




完全に尻尾を巻いた犬のように廊下へと出て行ってしまった委員長を尻目に、不思議そうな顔をした男子の前へ歩み寄る。



何だ、キョトンとして意外と可愛らしいではないですか。



「先程はすみません。お手間を取らせてしまいました。」

「あぁ大丈夫だ。委員長は平気なのか?」

「えぇ、少し体調を崩してしまったらしいです。ところで本日は、文化祭の見積書と予算案を提出しに来まして、ご確認の時間頂けますでしょうか?」

「問題ないぞ。どれ。」



黒の革張りソファに座り、お互い無言になる。
ペラリと紙をめくる音だけが室内に響き、外の部活動に励む人達の声が余計に大きく聞こえた。



数分後、やけに興奮気味になった男子が、紙を返した。




「素晴らしいな、完璧だ。寸分の狂いもない。問題ない。」

「本当ですか、ありがとうございます。」

「あぁ、これはお前と委員長が作ったものなのか?去年のあいつの出来とは大違いだ……。」

「はい、私も参加しました。しかし私はあくまでも補佐なので、少ししかしていませんよ。」

「それでも素晴らしい……、この後の生徒会の方も問題なさそうだ。胸を張って行ってこい。」



ダンッ!と物凄い大きい音で検印を押され、その後に物凄い筆圧の濃さでたまらん!問題なし!と書かれた。














「あっ、名字さんごめんね、俺去年あの人にこっぴどく叱られてからトラウマでっ……てどうしたの?」

「どうしましょう委員長……あの方めちゃくちゃ可愛らしいです……。」

「名字さん!?」




















「問題ない。良い出来だ。」

「ありがとうございます。では私達のクラスはこの案で行かせて頂きます。」

「あぁ、去年の案とは大違いだな。委員長、補佐のパワーは絶大だな?」

「柳ぃいいい!お前人の事小馬鹿にしやがって!そうだよ名字さんめちゃくちゃすごいんだかんな!!」

「ちょ、委員長……!」

「左手電卓バカ打ちしながらその結果を右手で書きつつ、俺の発言とか話し合いの結果とかメモして、それだけでもすごいのに終始俺の顔見ながら話してたんだよ!?意味分かんなくね!?名字さん本当に人間!?」

「人間です!!」

「ほぉ……それはすごいな。……名前は?」

「名字名前と申します。そちらの名前をお伺いしても?」



と丁寧に答えれば、委員長と男子が目を見開いた。男子の方は終始糸目だったから、目が開かれ大変な事になっている。



私変な事言いました……?



「名字さん、こいつの事知らないのか……!?」

「知らないも何も、初対面ですが……。」

「委員長、知らない奴もいるだろう。すまない、俺は柳蓮二だ。改めてよろしく。」

「あ、よろしくお願い致します。」

「お願い致しますじゃねーよ!名字さん知らないのかよ!?立海男子テニス部!」

「知ってますよ?強いんですよね?一応部活動は全て回りました。」

「見てどう思った!?」

「見るも何も、テニスコートの金網と女の子しか見えませんでしたので諦めました。」

「あ……。」



何かを察したように委員長と柳はお互いを見つめ合い出した。



何事なんでしょう……やはりテニス強豪校ですから、テニス部員達は知らないといけない校則なのでしょうか……。



「とりあえず……すみません?」

「何故謝る。」

「知らないといけないものだったらしいので?」

「そんな事ねーよ!ただ名字さんが珍しくてってだけ!」




聞く所によれば、男子テニス部は女子に大層人気らしく、いつもファンの応援が絶えないのだとか。
この学校の大半、いやほとんどの女子は男子テニス部のファンと言う程だ。

だから名前も、転校してきたばかりではあるがもちろんテニス部員達の事を知っているだろうと勘違いしていたらしい。




「そうなんですね、何だかすみません。」

「いや、転校してきたばかりだし、知らない方が普通かもしれない。完全に俺達のミスだ。」

「そうだぜ名字!本当にすまなかった!何でもする!」

「……そうですか。では今日の一限目の家庭科で作ってらした、カップケーキ……。頂いてもよろしいですか?」

「あっ、お前、後で食おうとこっそりしまってたやつを……!」

「半分で結構ですから。委員長のお料理美味しんですもの。」

「くっそ……計算高い奴め……!!」

「ふふ、ご馳走になります。では柳さん、ありがとうございました。文化祭、良いものにしましょう。」

「あぁ、お互い頑張ろう。」

「ぜひ、では失礼致しました。」




丁寧に会釈し、扉を閉める。
その一連の動作を見て、柳は思う所があった。




見積書と予算案の用紙を見て、只者ではない事を薄々感じていた。
しかし先程の委員長との会話を聞いて、それは確信へと変わった。




計算し高く行動し、持てる全ての能力を出し惜しみなく発揮する……嫌いではない。むしろ好きだ。



「フ……。」










テニス部員、興味を持つ。


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