「おはよう!」
ホテルの大きな扉を開けてプラチナブロンドに碧眼の武器商人──キャスパー・ヘクマティアルは歴戦の戦士たる私兵たちの前に現れた。その歩みは軽やかで遅刻して入ってきたとは到底思えない足取りである。
「10分遅刻よ、キャスパー」
黒髪に大きな体躯と服の上からでもわかる分厚い筋肉を纏ったチェキータははあまり変わらない表情を少しだけ不満げに変えた。
残るエドガー、アラン、ポーも同様に呆れたような表情で上司の顔を見つめている。
「いやいやすみません、チェキータさん。本部からの連絡がしつこくて無理矢理切ってきました」
「不味くないですかそれ…」
部下の1人、エドガーが心配そうに声をかけるが気にもせずにキャスパーは続ける。
「いいんだよ、仕事先でなにやら妙な金の動きがあったとかそういう類の忠告だ。簡潔に伝えればいいことをうだうだと」
キャスパーは腕を組んで本社への不満を口にするが暫くして我に帰ったらしい。机に散らばった書類を叩いた。
「まぁそれはいい。今日の仕事についてだが、昨日も確認した通り現地ではクーデターを収めようとする政府軍とそれを倒さんとする解放軍との戦争が始まりかけている。否! 始まっている」
「やぁね、楽しそうにしちゃって」
部屋にはキャスパーの笑い声が響き渡る。
「楽しいですよ、武器商人にとったらこんな楽しいことはない。そして我々は今回、解放軍側へ商品を受け渡す訳ですが…問題がひとつ」
キャスパーが顔の前で指をひとつ出した。注目する部下たちを見渡したキャスパーは口を開く。
「金払いが良すぎる」
「…良すぎたら問題が?」
「通常であれば問題ない。金はあるだけいい…が、やはり見合った対価というものがある。それを言い値で、などと宣うのだから裏があるに決まってる」
「ええと、つまり?」
「幾ばくかの大麻で金を集めているような出来立ての民間軍にそんな金あるはずがない!」
キャスパーは胸を張って言った。
「なんで受けちゃったのよ、もう」
「受けるか迷ったんですけどね、中東エリアの道路インフラのチェックのタイミングも被ってましたから。ついでですついで」
(ついでに紛争区域行っちゃうんだ)
エドガー、アラン、ポーの心の声が重なった。
一番古株のチェキータはキャスパーの無茶にも慣れ切っているようで肘をついてキャスパーを眺めている。
「さぁ、今日もたのしいたのしいお仕事ですよ皆さん!」
森の中、土くれでできた赤茶けた建物が忘れられたようにポツリと建っている。
紛争中に死んでしまった前の住人は、竹編みの職人だったらしく壁には幾つか笠が掛かっている。
現在の住人であるところの若い女は名も知らぬ前の住人に心の内で声をかけて笠を手に取った。
女は平均より少し高い身長に、赤みがかかった黒髪を高い位置で纏めている。
目を隠すまで笠を深くかぶると扉もない家を出た。
「ワン!!」
足元には痩せた野犬が何かを強請るように鳴き続ける。
「…おはよう。久しぶりだね」
「ワン!」
女は慣れた様子で家の玄関口にある甕から水を掬って地面に転がっていた平皿に傾けた。女は水に飛びついた犬の背にたかる蠅を払ってやる。
「今日も仕事してくるよ」
女の名をユキという。
異世界から来た傭兵部族の少女である。
どういうことかなど当人でさえ把握していないのだからこれ以上説明のしようがない。
そんなわけで異世界からある日突然飛ばされた少女は自分の身分も、所持金もなかった。
そしてその体一つでお金を稼ぐために働くにはきな臭いものしか残されていなかった。
ユキの現在の勤め先はチンピラのボスの護衛である。
チンピラと言うには少々規模が大きいギャングと言うほど統率もないような中途半端な組織だ。
拳銃をちらつかせてシャバ代をせしめたり、観光客からガイドと称して金を巻き上げたりする。
海外から来る記者のコーディネーターを危険だからと言う理由で法外な金額を取ったりもする。殴って物事を解決させるなど日常茶飯事だ。
金のためなら何でもするという恐ろしく下衆で、とんでもなく意地汚い集団である、とユキは評価している。
誰から見ても下衆ではあるが、金が貰えるからユキは気にしない。むしろその根性は買っている。
「ユキ!」
「はい」
拠点であるスラム街の一角、台風などが来たら一瞬で吹き飛びそうなトタン屋根の建物。部屋の中数人の男たちが1人の男を囲んでいる。
「ぼーっとしてんじゃねぇぞ! 話は分かってんな?」
ボスは四〇にも五〇にも下手したら六〇にも見える浅黒い肌の男だ。この男を護衛することが私の仕事である。 歯はヤニで黄色くなり、爪は真っ黒い。
「…解放軍に武器を届けにくる武器商人を殺して武器だけ奪うんですよね」
解放軍幹部とやらの話し合いの場にもいたのだから把握している。五分で済むような話を長々としていた。
「分かってんじゃねぇか、解放軍様からのでかい仕事だ。ヘマするんじゃねぇぞ」
「私の仕事はあくまであなたの護衛ですので作戦には参加しませんけど」
「…」
ボスの頭に筋が浮かんだ。血管も浮いている。怒ってるな、などとユキは顔にも出さず思った。しかし、そういう契約である。
「…お前を拾ってやったのは誰だ?」
「貴方ですね」
一年前、家もなく金もなく彷徨っていたのを拾ったのはこの男である。
「俺に恩があるだろう」
「だから貴方の護衛についているんですよ」
「計画に参加しろ」
「嫌です」
今度はぶちり、と音がした。かなり怒ってるな、などとユキは思った。
「というか話に聞けば世界的なウェポンディーラーで、なおかつ来るのはアジア圏の現場担当者なのでしょう。正直、無理があると思いますよ。この計画は降りるべきです」
「軍のお偉方は、来るのは五人にも満たない私兵だと言った。こっちは三十以上いる。そこにお前もいれば仕事は完璧に終わる」
ピッとボスは嘲りながら私を指差した。周りの男たちも同様で、余裕の様相を示す。
湿った風が部屋に吹け抜ける。生ゴミと油と下水の臭いがユキの鼻をくすぐった。
「これもあるしよ」
ボスは足元にある木箱を二つ足で突いた。木箱の中は銃で満たされている。
どうやら解放軍からは幾ばくかのマシンガンや小銃が渡されているらしい。やらない、などという選択肢はないのだろう。
(手練れの私兵と拳銃一つまともに訓練したこともないチンピラ…人数差なんてあってないのと同じだ)
「入ってくる金はでかい。お前にも勿論分けてやる」
「死んだら──死んだら金なんて使えませんよ」
ボスは結局ユキの頑固さに折れて護衛に勤めるように釘を刺した。
計画は明日の朝実行される。昼ごろ解放軍の拠点に向かってくる商人を囲んで叩くという作戦である。
道路整備などろくにされていないこの地域では通ってくるルートも絞られる。そういうところも彼らが乗り気な理由なのだろう。
「よっ、と」
ユキは塀に登って、屋根に腰掛ける。さきほど買った薄い小麦の生地に卵と魚のフライが挟まったサンドを食べるのがユキの日課だ。
空は小さな雲がが気紛れに流れるだけ、広く青く澄み渡っている。
「──なぁ、」
若い男の声が届いた。どうやらちょうど下で何か話しているらしい。自分に話しかけられた訳ではないと分かって、ユキはサンドの包みを開いた。
「何であの護衛の女はボスの言うこと聞かないんだ。ボスも結局折れてるし…」
ボスの愛人なのか?と若い男は言った。
「あぁ、お前知らねぇのか。あの女馬鹿みたいに強いんだよ。前に隣町のギャングがボスのこと狙いに来た時、10人以上いたのに一瞬でのしちまった」
答えた男の声は先ほどの会議にもいた古株の男だ。ユキも何度か話したことがあった。
「傭兵上がりか何かか?」
「さぁ、ボスが拾ったらしいけど前のことはさっぱりだ」
「ふぅん、何で作戦参加しねぇんだろうな」
「知らねぇよ。まぁ、ボスは強い手駒が消えても困るから無理も言わねぇんだろ。正直、俺だってあんな女が偉そうにしてるのは鼻につくけど、あの強さじゃ文句も言えねぇ」
「…」
「美味しい?」
犬は答えない。早々に帰宅したユキを野犬は吠えながら迎えた。ユキが懐に残っていた昼間のサンドを犬の皿に入れると、ユキの手も食いかねない勢いでかぶり付く。
ユキがこの地に来てから一年ほど、この犬もそのくらいからいる。というか、前の住人の犬だったらしい。住人が死んで晴れて野犬の仲間入りを果たし、いまもたまにここに帰ってくる。
懐くこともないが、水や食料を気紛れに与えている。触ろうとすれば歯を剥き出しにして指の一本、二本持っていこうとするので、ユキは彼と微妙な距離を保っている。
「明日はこの辺りに来るんじゃないですよ、死にますよ」
犬は無心でかぶりついているが、ユキが話し出すと耳を少しだけ立てた。
「野犬としてもそれなりにうまくやってるみたいですし、銃声がしたら近づかないでしょうけどね」
「…」
ガツガツとさらに夢中なその茶色い頭。ユキは少しの期待を持って手を伸ばす──。
「ガウッ」
ガチンと犬の歯が空を噛んだ。引っ込めたおかげでユキの右手には指がまだ五本あった。
「…ケチ」
犬は恨めしそうにこちらを見ると、残りを咥えてどこかへ消えてしまった。
「いやぁ、暑いな」
武器商人たちは取引場所から数キロ離れた街の食堂で、私兵たちに囲まれながらモーニングを取っていた。
「ねぇキャスパー、『いる』わよ」
「いますねぇ」
女傭兵として数々の戦地を潜り抜けてきたチェキータは隣でジャンクもジャンクなフードを食べる上司に声をかけた。
ちなみに言語はこことは縁遠い北欧系の言語を使用している。
他の部下たちも気づいているようで辺りを警戒しながら少しずつ食べ進めている。
「まぁ、ここから向かうまでの間に何か仕掛けるつもりでしょうね。現地のギャングか何かに金でも流したんでしょう」
キャスパーたちをチラチラと見ている怪しすぎる2人組の男。何かを報告しているらしい。
「…はぁ、やだやだやだ」
「ま、そこらへんのギャングにやられる我が部隊ではないですから」
「まったく…守るこっちの身にもなってほしいわね」
チェキータはひとつ舌舐めずりして、電話に夢中の見張りの男に向けて指を真横に切った。
「おい、ユキ」
「はい」
「これがターゲットだとよ。覚えとけ」
作戦当日の朝、他の仲間たちが位置につくなかユキは変わらずボスの背中に控えていた。
「護衛しかしませんよ」
「分かってる!ったく…とりあえず見とけばいい」
「はぁ」
クリップで止められた紙を受け取る。写真が何枚か載っているがこちらに目線のあるものは一つもない。恐らく盗撮したのだろう。四、五人の人物が共通して写っている。
「…」
──皆、強いことが窺える。特に女はなかなかの手練れなのだろう二枚目を捲ると女がピースサインをこちらに向けていた。
(盗撮バレてる…)
強いだけでなくそういう勘もあるということだ。ますますこの作戦の失敗が濃厚になってきた。
「この白い男が武器商人ですか?」
「あぁ、キャスパー…とかなんとかって言ったな…海運の巨人と呼ばれる男の息子だとよ。金持ちの坊ちゃんだ」
「へぇ」
元の画質が荒い上に安物のプリンターで出力した画像なので正直顔の判別はいまいちつかない。
しかし、頭も肌も白いスーツ姿の男なんて顔が分からなくても目立ってしょうがない。遠目で見てもすぐ分かるだろう。
(まぁ、やることに変わりはないけど)
「商人は殺すんですか?」
「いうこと聞かなきゃな。オキャクサマからはオーケーが出てる」
「…そうですか」
解放軍の幹部はその海運の巨人とやらを敵に回してこれからの戦争に勝つつもりなのだろうか。
街のチンピラに頼んだところで情報の機密性などないに等しい。これが失敗しようが成功しようが報復に合うのは間違いないだろう。
「そろそろあいつらも位置についた頃だろ。行くぞユキ」
「分かりました」
部屋を出る前、ボスが黒い袋を手に持った。
「それは?」
「最悪、あいつらに追い詰められた時に使えだとよ。ボタンを押すと解放軍の特殊訓練班が来るらしい。まぁこんなもんなくてもいいけどな」
「そうですか」
黒光りした大きなリモコンのようなそれ。この国のジリジリとし太陽を禍々しく反射している。嫌な感じだ、そう思った。
「来てるね来てる来てる!」
「どこでテンション上がってるのよ」
コン、とチェキータは助手席でテンションを上げている上司の頭を小突く。
窓の外へ視線をやればこれ以上なく怪しい男たちがゾロゾロと車の周囲に集まってきている。ぬかるみ、ろくに舗装されていない道なのでスピードも出せずただただ追いつかれている。
「まぁおおよそ、解放軍に雇われたチンピラどもって感じでしょう。ろくに統率も取れていないようですしね」
「全く面倒くさいわ。全部撃っちゃおうかしら」
「はは、ダメですよチェキータさん…それにそろそろでしょうから──ほら」
キャスパーは視線を前方にやった。車の前に銃を構えた男達が立ちはだかる。何やら叫んでいた。
「降りろ、と言ってますね」
「どうする?全部殺す?」
「ま、ひとまず話を聞きますか」
「呑気ね」
キャスパーは助手席の窓を少し下げる。近づいてきたのは浅黒い壮年の男だ。彼らのボスだろうか。後ろに笠を被った護衛のような人間を引き連れている。
「やぁ、お兄さんたち。ずいぶん仰々しい荷物だな」
浅黒い男は笑顔でバンの後部座席を親指で指した。
「そうですか?少々届け物でして。あなたは?彼らのボスでしょうか?」
「あぁ、血の気が多くてあまりいうことも聞かない。困ってるよ」
「それは困りますねぇ」
「だろ?だから、その荷物は置いてってくれ」
「それは困る! 仕事ができなくなってしまう」
「──いいから、黙って置いてけ」
ガチャリ。
男が笑顔を捨てて銃口をキャスパーに向けた。車内で誰かが口笛を吹く。
「あーあ…」
キャスパーはゆっくり両手を頭の高さに持っていく。そして、黙って左手で合図を出した。
状況開始だ。
予備動作もなくチェキータが撃ち出した弾丸は銃口を向ける男の額に迫り、そのまま空を抜けた。
「避けた!」
「楽しそうにしないの」
護衛が男の身体を強引に引いたらしい。速い──。ただのチンピラかと思ったが少なくとも護衛はそうではない。目深に被った笠で顔は見えない。
(女か?)
キャスパーは場の緊張感と不釣り合いな表情で笑う。
撃たれかけて暫く呆然としていたボスの男はハッとして、周りにいる部下たちに大声で喚きだす。
「ワォ、見てくださいチェキータさん!虫のように湧いてきますよ!」
森から続々と現れる男たち。構えからして銃を今日始めて握ったような人間ばかりだ。
「そうね、っ」
運転席のエド以外が一斉に車外に出る。わかりやすく混乱する現場に銃弾が飛び交う。時折、車に弾が弾かれて甲高い音が響く。しかし、防弾仕様の車だ。安物のハンドガンに傷のつけられる代物ではない。
キャスパーの私兵たちは確実に敵を撃ち抜いていく。前に立っていた男が撃たれて怖気付き背中を向けて逃げる男の額を撃ち抜き、仲間の死体の前で立ち尽くす男の心臓を抜く。
「このレベルで我々に勝とうとか、脅すとか呆れるな! ハハハハ」
車内から高らかな上司の笑い声が聞こえたのかチェキータはため息をつきながらまた一人殺した。
「さて」
キャスパーは静かになった地に降りた。生い茂る葉には血が飛んで、斑らに赤い模様を作り出している。
「これはなかなか殺しましたねぇ」
「数だけ多かったわ」
キャスパーは屍を乗り越えながら部下たちの隣に立つ。目の前にはガタガタと震えるボスの男。
「部下はみんな死にましたよボス?いや部下のいないボスはボスではないのか」
キャスパーは自分よりいくらか背の小さい男の顔を覗き込んだ。焦点は合わず、息も乱れている。役に立たないなと判断して視線を男の後ろに送る。
背後に立つ護衛に表情はない。あくまで護衛に徹するということか。
ボスには返り血はあるが傷のひとつ付いていない。どうやら本当にこの護衛だけが、この中でとびきり優秀らしい。
「お、お前ら──」
「さて、誰に頼まれた?…なーんてまぁ聞くまでもないですがね。どうせ解放軍とやらの指示でしょう。本当に浅はかが過ぎますねぇ!」
「ふーっ、ふっ」
目を血走らせた男はポケットから黒い箱を出した。衛星携帯電話に似ている。
「それで正義の味方でも呼び寄せるのかな?是非呼んで頂きたい!その味方に用があるのでね」
ピッ。
男が番号を一つ押した。すると、護衛がようやく顔を上げて声を出した。
「ボス、それは使わない方がいい」
女の声だった。ぎょっとしたのはボスの男だ。護衛から距離をとった。
「なんだ! 文句あんのか! 俺ぁ、俺はこんなつもりじゃなかった! あいつらも楽な仕事だって言うから」
「…ボス落ち着いて」
「うるせぇうるせぇ!お前も仲間がやられてんのにぼーっとしやがって! 拾ってやったがいよいよ信用ならねぇ!」
ボスの男はキャスパーとも護衛とも距離を取る。
「なんだ仲間割れかい?」
キャスパーがそう言うと護衛の女は、うるさいとでも言うように視線を投げてまた元に戻した。
「その力も普通じゃねぇと思ってた! お、お前は要らねぇ! クビだクビ!」
「ボス、それ使っ」
「ボスと呼ぶな!」
女は近づこうと踏み出した足を引っ込める。ザァと乾いた土が舞う。
「オーケー…あなたとの契約は終了だ」
女は一歩下がる。
「おや、いいのか。彼女相当優秀だよ。君にはおおよそ不釣り合いなほどに。むしろ君の命は彼女によって保障されていたというのに」
キャスパーが声をかけるが男の耳には届いていないらしい。唾を吐きながら男は叫ぶ。
「もう二度と俺の前に現れるなよ!俺の縄張りに現れることも許さねぇぞ!」
「最後に恩人だから言わせてもらいますけど、足がつかないように依頼してきた人間が渡したものなんて証拠を消す為の──」
ピッ。
男は言い終える前に発信ボタンを押した。その顔には歪に笑みが浮かんでいる。
「消す為の、なんだ?軍の連中が来たらおま──ぎゃ」
次の瞬間、男の膝から上が消し飛ぶ。膝までの足が一回跳ねると、そのまま付け根を失った両足は地面に倒れた。
「…っ」
「…これはなかなか派手にやる」
キャスパーは頬についた血を親指で拭う。爆発の瞬間、男とキャスパーの間に立った私兵たちは見事に血を被っていた。
土埃が舞う。辺りには火薬の匂いが充満し、鉄の匂いも混ざる。
「──さて、君の忠告も虚しくボスは…あぁ、元ボスは死んでしまった」
「そうですね」
女はキャスパーに向き直る。キャスパーたちよりも服も顔も赤く染まっていた。
「元上司の仇たる僕を殺そうとするでもいいし、解放軍に行くもよし、ここから去るのも君の自由だ」
「…お喋りですね」
「商人だからね、口がよく回るのさ。コレで食っていると言っても過言じゃない」
「あぁ、武器商人でしたっけ…」
顔を伏せてフラリと女が動く。チェキータは反射的に銃を手に取った。どうにも読めない女だと警戒を強める。
「別に殺さないですよ。拾ってもらった恩で護衛してましたけど、解雇されましたし。あなたは仕事をこなそうとして、私の上司が失敗した。それだけです」
「そうか。君、前の職場は?相当な手練れだろう。かなり若く見えるけど従軍経験はあるのかな?」
「…本当によく喋りますね。前の職場は…あー、海賊です。海賊」
「ほう、海賊!珍しいキャリアだ。どうしてこんな木々と大麻生い茂るスラム街に?」
興味を示したキャスパーをチェキータが肘でつつく。良くない癖が出ている。
「海賊と言っても傭兵みたいなもので…あなた方はこの後はどうされるんです?」
「無論取引に行くよ。約束は守る。ビジネスと人間関係の基本だ」
「今回の一件のこと理解していて武器を売るんですか?」
「行くには行くさ。ただ、約束を破ったのはあちらだからね。それなりの対応はするさ」
「…ではこれを」
女はキャスパーの返事を聞いて、懐から四つ折りの紙を取り出した。
手を懐に入れた瞬間キャスパー以外の四人は銃を構えたがキャスパーが手で合図したのを視界に入れて警戒を解いた。
「本当に強者揃いですね。チンピラに勝てるわけもない。観光客をカモにダラダラ暮らしてればよかったのになぁ」
女は顔を伏せたまま笑みを携えて、足元に紙を置いた。辺りを少し見渡して、屍の手から抜き取った拳銃を重りがわりに使う。
「それは?」
「『ボス』がご迷惑お掛けしましたのでほんの気持ちです」
「『依頼主』が怒るんじゃないか?」
「元々私の使用人はボス一人ですから」
紙の中身にそれなりの予想はついたらしい。これはもう場数が違いすぎると女は笑って背を向けて歩き出した。
(解放軍も悪手を打ったな)
これが成功したらタダで武器が手に入るなどと考えたのだろうがこの手練れたちには及ばない策だ。
女は一度振り返る。仲間だった人々。ボスでさえ深く話をしたことはない。しかしつい先ほどまでまであった命だ。一瞬だけ思いを馳せた。
雲が流れていく。
止まることなく西へ流れて少しすれば空の模様は様変わりする。
(どうしようかな)
ユキは笠の隙間から見える空より下へ視線を落として、町を眺める。
糞便に塗れた泥みたいな川も、喧しい子供たちも、蠅のたかる野犬も、チンピラも、安くて旨いサンドも。ぜんぶここにある。
一年ほどいたが、正直居心地は悪くない。ただこれから紛争が悪化していくことは分かる。ここにいても死ぬ気はしないが、離れるのもいいかもしれない。
ポケットに手を入れて財布を出す。ボスの下では貯まるほどの給料は無かった。離れるにしても金が入りようだ。
この世界で、どう生きて行こうか。
「まずは繁華街でバイトさが──」
「しけてるな! まさかそれが全財産かい?」
手が止まった。上から聞こえてきた声に首を持ち上げれば見覚えのある白。
ズルリと笠が落ちそうになったが、男の身体がそれを受け止めた。
「…キャスパー、ヘクマティアル」
「…なんだ知ってたのか」
名前を知っていたことに驚いたらしく白い睫毛で縁取られた青い眼が丸くなる。
(青い眼)
ここに来る前のことを思い出してフリーズした。思えばこの男はすこしアレに似ている。
(こんなに幻想的な深い青ではなかったけど)
その上、目を覆う白い睫毛が現実味のなさを上乗せしている。
「キミ、飯は食べたか?」
「まだ、ですけど」
「では旨い飯屋を教えてくれ!出来るだけジャンクなのが良い」
「…奢りですか?」
「勿論だとも!好きなだけ食べてくれ」
「では、ご案内しますよ」
どう生きるかは、ご飯を食べてから決めても遅くないだろう。