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何だかんだと喫茶店ポアロに毎日のように足を運んでいる私だが、別に毎回安室さんがバイトに来ているというわけではない。
不在である時もそれなりにあるのだ。
彼の中でいったい何がどうなったのかいまいち釈然としないが、何故か私と安室さんが友達となったあの日以来自分が喫茶店に顔を出さない日は律儀にメールを送ってくるようになった。
なんでまたわざわざ宣言するのか、と初めは訝しんだ私だったが顔を出せないといった旨の内容の最後に必ず付け加えられている『僕がいないからといって食生活をおろそかにしないように』との言葉に何とも言えない気分になる。
友達が出来たというよりも保護者が出来たという感じだ。
ちなみにポアロで顔を合わせた日でもメールは来る。
何気ない内容であったり、日常的なものであることもないではないがやはり体調を気にする文面が多く別に私は体が弱いわけではないとその都度返しているのだが理解してもらえているのかは謎だ。
ブラック企業でぶっ倒れて以来免疫力が低下しているのかストレスからくるものなのか、ちょいちょい熱を出すことが増えたとうっかり口走ってしまったからだろうか。
と、安室さんが不在だったポアロで偶然出くわしたコナン君に愚痴ればどう考えてもそれが答えだろという顔で見られてしまった。
解せない。
私の中に根強く残っているアニメや漫画で見た安室透という人間は、例えば私が同じことを言ったとしても『それは大変ですね』と心配そうな顔はしてくれそうだがそれ以上何かアクションを起こすことはなくそこで終了しそうなイメージがある。
気さくで親切そうな安室透だが、その中身は降谷零なのでどれだけ親切にしようと中の人があれだけ忙しくしているのだ。
常連客の一人だというだけの人間をそこまで気にするのがよくわからない。
今は友達という間柄ではあるが。
もうすでに何度も考えて、未だに答えが出ていない現状。
私にはどれだけ調べても後ろ暗いことなど一つも存在しないのでここは堂々としていればいいか。
ただの一般人である私が安室さんの思考を読み取るだなんてこと出来るはずがなかった。
要するに考えることを放棄したここ最近の私だが、夜にふと目を覚まし何気なく窓の外を見て普段ではビルの明かりくらいしか見えないのに今日に限って遠くの方が赤いことに気づく。


「……え、火事……?」


自分の世界とこの世界が融合してからというもの、未だに地理がしっくりこない。
道を一本歩くだけで自分が知っている店や印象的なものと、コナンの世界から融合したと思わしき店や建物などが混在していていまいちわけがわからないのが今の私の状況だ。
日々喫茶店ポアロに向かう途中であちこちふらふらと散策して慣れるべく努力しているところだが、未だにあっちの方角になにがあるだとかそういうことが掴めずにいる。
けれど私の記憶が確かであれば、あっちの方向にあるのは……。


「高速道路の方かな」


小さく呟いた私は、何となくその光景から目を離すことが出来なかった。
私の中で何かが引っかかったような気がしたけれど、もしこれが私がぼんやりと覚えていた原作だかの知識だったとしてもすぐに気が付けるわけがなく。
そもそも何も特別な能力がない私に何が出来るわけもない。
ただ何となく気になって、何となくその日は眠れなかった。



「なまえさん!安室さん今日来てない!?」
「うぇ!?見てないけど……?」
「連絡は?」
「そういえば今日はきてないなぁ……」


いつものように喫茶店ポアロに来て、のんびりと今日は何を食べようかなんて最近少しだけ食欲が戻ってきた自分の胃を撫でながらいつもの席へと案内された私にコナン君が勢いよく駆け寄ってきた。
目を白黒させながらも聞かれたことに素直に答えれば、コナン君は私の言葉に何か難しそうな顔をしながらお礼を言いテーブル席の方へと戻っていく。
何気なくその先を目で追うと何事かといった視線でコナン君と私を見る、コナン君と同い年くらいの子供が数名とそこそこ年配であろう男性が一人。
一瞬だれだか理解できなかったけど、数秒してからその人たちが少年探偵団のメンバーと阿笠博士なのではと気づいて軽く会釈をした。
子供相手にこの反応もどうかと思ったけれど、子供たちは小さく手を振りかえしてくれたし博士からは同じく会釈が返ってくる。
唯一哀ちゃんと思わしき少女からは探るような視線を向けられたけれど、へらりとした軽い笑みを向ければ少し驚いたような表情を浮かべた後軽く目礼をしてくれた。
すぐに目を逸らされてしまったので、私も彼らに背を向けて運ばれてきた料理に手を付けながら背後で交わされる会話に聞こえる範囲で耳を澄ます。
はじめは私が誰であるのかと興味津々な様子の少年探偵団達だったが、元々会話がころころと変わるらしい面々のようですぐに話題は私の事から別の話に変わっていく。
私の事を聞かれたコナン君が一言で「この喫茶店の常連だよ」とだけ説明したのを聞き、そうそう私の立ち位置ってその一言で済ませられるものだよねえなんて心の中で一人頷いた。

彼らの会話をBGM代わりにしながら食べ終わった食器を下げてもらい、飲み物を片手にふと思い至って先日の高速道路で起こったであろう事故についてスマホで調べてみる。
首都高湾岸線で大規模停電、との見出しと高速道路が炎上しているところが遠目にうつっている写真と共にニュースが出てきたが未だに詳しい理由はわからないらしい。
大規模停電と高速道路での炎上の関連性とは……?
と一人首を傾げるものの、その近くにあったニュースが目に入ったその時。
私は今日安室さんが喫茶店を休んでいる理由と、昨日遠目に見た高速道路の炎上についての理由を察してしまった。
東都水族館リニューアルオープン。
そんな文字と共に新しくなった東都水族館の魅力が語られる記事に『なるほど映画版……』と私は一人遠い目をしたのであった。


まあ、映画版に知らぬ間に突入していようが私がすることは何もない。
何度も言うが私は一般人である。
というかむしろブラック企業勤めの影響もあり体力がごっそりと減っている私が一瞬でも気を抜けばすぐに死にそうな映画版に首を突っ込めば足を引っ張ることくらいすぐに想像がつく。
助けたいキャラがいないわけではないが、それでも一番被害が少なく済むにはどうしたらいいのかと考えたら大人しくしていることが最善なのだ。
今現在大変な状況だろう安室さんからはメールが途絶えるだろうと予想していた私だったが、それでも『暫く忙しいからポアロに出勤できない』という内容のメールが届いたので思わず二度見してしまう。
いやいや、こんなメール送ってる場合じゃないでしょうに。
コナン君に今日は連絡来てないって言っちゃったじゃないか。
いつの間にかしっかりばっちり私のスマホに増えているコナン君の連絡先に、この事を伝えるべきかと思ったけれど彼は彼で今あれこれ忙しいだろう。
とりあえず安室さんには『お疲れさまです、私の事は気にせずお仕事頑張って下さい』という無難な返事を返してのんびりと彼らが戻ってくるのを待つことにしようか。
考えすぎかもしれないが今現在NOCとして組織から疑われている最中であろう安室さんの、名ばかりとはいえ友達という間柄の私である。
下手に行動を起こして勘ぐられでもしたら困る。
何も知らない一般人ですよー、ということを主張するかのように今日も散歩がてらポアロに赴いてのんびりと過ごす。
頼んだ紅茶に添えて出された砂糖を眺めながら、姿が見えないことがほんの少し寂しいと感じてしまうのは仕方がないことだろう。
普段よりも静かな喫茶店内で、今日はコーヒーでも頼めばよかったかなとぼんやり考えた。



今頃コナン君は頑張っているだろうか、なんて部屋でいつニュース速報として東都水族館が半壊したとか流れてくるかと待機していた私の耳に部屋の鍵が開けられる音が聞こえる。
なんだどうした泥棒か……?
と、肝が冷える思いで忍び足をしながらそっと玄関の方を覗き込めば思わぬ人物が疲れた表情で座り込んでいて私は驚いて早足で近づいた。


「え、ちょ、安室さん!?」


私の言葉に緩慢な動作で顔を上げた安室さんは、ところどころ傷を作っており珍しく作業服のようなものを着ている。
これは私が知らないうちに映画版が終わったのか?
と、思案する私にどことなく安室透の顔がはがれかけている彼が口を開いた。


「数秒でピッキングできてしまう部屋はどうかと思いますが」
「いやいや、しないでくださいよピッキング!」
「危ないので鍵を強化しましょうか、いえ、貴方に任せておくと面倒くさがってしない恐れがありますので今度来た時にしっかりとした鍵を取りつけますね」
「唐突にうちに来て何事ですか本当に」


最早笑顔をはりつける気力もないらしい安室さんが、ピッキングする際に使ったであろう針金を手の中で弄びながら一人ぶつぶつとそんなことを考え出したので最もな疑問をぶつけることにする。
安室さんは私の言葉に何故か眉間に皺を寄せ、押し黙ってしまった。
少しの間彼の返答を待った私だったがかなり疲れた様子の安室さんをそのまま玄関に座りこませておくのもどうかと思い、とりあえず上がって下さいと促す。
軽く腕を引っ張れば嫌がられるかと思ったけれど案外素直に立ち上がり、言われるがままに着いてくるので思わず二度見してしまったけれどこれは本格的に疲れているんだろうとすぐに自分の中で結論付けて私はそのまま彼を浴室へと押し込んだ。
てっきりソファにでも案内されるのだろうと思っていたらしい安室さんは、連れていかれた私の住む部屋の狭い浴室に不思議そうにしていたがところどころ埃やら何やらで汚れていることを指摘すれば少し悩んでいたものの大人しく汗を流すことにしたようだ。
手渡した真新しいタオルを片手にドアを閉めた安室さんを見送りながら、膝を抱えて入らないとおさまらないこの部屋の浴室と安室さんの組み合わせってなんかシュールだな……なんて今さっきの光景を思い出しながら私はクローゼットを漁り始める。


「ああ、あったあった。
面倒でまだ捨ててなくて良かった」


ビニール袋に一緒くたにして奥の方に押しやっていたものの、ほとんど新品状態である男物のスウェットと開封すらしていないメンズものの下着を取り出す。
別に昔付き合っていた人の忘れ物というわけではない。
徹夜何日目かでふらりと買い物に出た私が帰ってきた時に何故か買っていたものだ。
いい加減服とか買いに行きたい。ゆっくりとお風呂に入りたい。窮屈なスーツを脱いでラフな格好になりたい。
そんなことを考えていた結果がこれである。
十分な睡眠と休息がなければ人間わけのわからない行動に出るのだと改めて実感した出来事の一つだ。
未だシャワーの音が止まらないことを確認してから数度ノックをしてドアの外から声をかける。


「着替えここに置いておきますね」


それだけ告げて浴室を後にした私は、背後から『なぜこの部屋に男物の着替えが…?』という言葉が耳に入ったが気にせずドアを閉めた。
飲み物か食べ物でも用意したいところだけど、安室さんの中の人は公安警察。
他人が作った食べ物や飲み物を容易に口に運ぶとは思えない。
どうしたものか、と思いながらも今更ながらに軽く部屋を掃除する私の耳に勢いよくドアが開く音と共に大股でこちらに近づいてくる足音が聞こえて顔を上げた。
そこには私がそっと置いていった着替えを身に纏い、感情の読めない顔で私を見下ろしている安室さんがいる。
慌てて出てきたのかまだ少し雫の垂れる髪に、その首に引っかかっているタオルは飾りか何かかな?と手を伸ばそうとしたけれど私の手はタオルに到達する前に安室さんの手によって遮られた。


「安室さん?」
「確認なんですが」
「はあ」
「この着替え、どうしたんです?」


ああ、まあそりゃあ気になるよねえ。
最もな問いかけに男物である着替えと新品の男性用下着を私が都合よく持っていたことについて説明する。
誤魔化しは通用しないと言わんばかりの視線を向けられているけれど、そんなに深い理由はない。
よくわからないけれど安室さんの中で私の行動が組織だったり何かと結びついているのかもしれない、と最早深く考えることを放棄した頭でちらと考えた。


「徹夜続きの頭で『早く寝たい』『家でリラックスした格好でゆっくり寝たい』『のんびりお風呂に入りたい』と考えた結果気づいたら買っていた行き場のない着替え一式です」
「この明らかに貴方ではサイズが合わないスウェット上下が開封済みなのは」
「勿体ないから着れたら着ようと試してみた名残ですねえ。
ちなみにズボンがどこにも引っかからずに床に落ちたので諦めました」


ラフな格好なら誰が見るでもなし、部屋で着る分には十分なのでは?
ワンチャンあるかもしれないなんてそんな考えのもとわかりきった結果だとわかってはいたものの一度着てみたのだ。
予想以上に大きいサイズのものを購入していたようで、これはもう諦めて捨てるしかないと思っていたあの時の私に数年後使う機会が訪れるぞと言ってやりたい。
何事も無駄ではなかったのだ。
グレーの大きなスウェットは安室さんには丁度良かったらしく、窮屈そうな印象もない。
ただ少しズボンの丈が短そうな雰囲気に思わず『うわぁ』と声を漏らしてしまった私はきっと悪くない。
私の言葉に納得したのかようやく掴んだ手を離してくれたので、向かい合ったままちょいちょいと手で小さく手招きをすれば不思議そうにしながらも屈んでくれた。
どういうわけか疲れているのか普段からは考えられない無防備さにちょっとどぎまぎしてしまったが、嫌がられたらすぐにやめられるようにと殊更ゆっくりとした手つきで彼の肩に引っかかったままのタオルで濡れたままの髪を拭う。
至近距離で見る安室さんの髪は、染めた髪でよくみられる痛みが見当たらず根元から色素が薄くてさらさらとした手触りだ。
トリートメント何使ってますー?
とか冗談めかして聞きたくなったが、特に何もしていないとか返ってきそうなのですぐに口を閉じた。
私の突然の行動に抵抗するわけでもなく身を任せている安室さんは、ある程度髪の水分をタオルで拭いとったことを確認した後に深いため息をつきながら私の方にもたれ掛かってきた。
額が私の肩に触れるような体勢で、まるで抱きしめられているみたいだと思ったけれど安室さんの両手はだらりと下がったままだし首元に埋まるような体勢ではあるものの実際には触れるか触れないかといった微妙な位置で止まっている。


「安室さん?」
「ああ」
「……なんか、疲れてます?」


今一瞬降谷さんが顔を出してませんでした?

敬語が取っ払われた返事に少し間が空いてしまったけれど、私はどうにかスルーすることに成功した。
ここまであれこれ好き勝手しても嫌がられないとなるとどこまでなら許されるかちょっと気になる。
調子に乗った私は宥めるように安室さんの背中を軽く叩いて、


「痛、」
「……安室さん怪我してます?」


体を僅かに跳ねさせた様子を見て思わず目を細めてじっと彼を見た。
安室さんはばつが悪そうな顔で「仕事中に少しぶつけてしまって」だの「背中だから自分で手当てし辛くて」だの言い訳を言っていたが、私はにっこりとした笑顔を向けて口を開く。


「安室さん、手当てしますのでそこ座って下さい。
この前怪我の手当てをしてくれたお礼です」


まさかあの時多めに安室さんが買いこんでいた湿布やら包帯やらが今ここで役立つとは。
というか同じ場所を怪我するとかこんなお揃いいらなかった。
以前私が背中を打ち付けた時のことを思い出したらしい安室さんは、観念した様子でソファに腰を下ろし私の時とは違って男らしく上に来ていたスウェットを脱ぐ。
さすがボクシングをやっていたというだけあってしっかりとした筋肉がついていて、こんな時でもなければ少ない語彙を駆使してこの体を褒めちぎっていただろうがそれよりも変色しはじめている背中の怪我に目が向いた。


「一応湿布は貼っておきますけど、明日ちゃんと病院で診てもらって下さいね?
手当てすると言ってもしょせん素人がすることなので」
「僕も貴方が背中を打ち付けた時同じことを言ったような気がしますが、あの後病院に行きました?」
「それとこれとは別です」
「なるほど、後でしっかりと話し合う必要がありそうですね」
「……定期的に検診に通っているので、その時に診てもらいます」
「なまえさん?頭とかぶつけているかもしれないし怪我をしたなら早めに」
「今の安室さんの状況でそれ以上言いますか?」
「…………」


よし、勝った。

結構な範囲で腫れている背中に湿布をぺたぺたと貼りながら小さく拳を握る。
まあメインキャラだし名探偵コナンだし多少の怪我や、多少じゃない怪我でも大丈夫だろうとは思うけれど万が一ということがあるので安室さんには是非明日にでも病院で診てもらってほしい。
安室さんが黙り込んでしまったことをいいことに、ついでとばかりに細かくついた傷に消毒薬をつけて簡単ではあるもののある程度の手当てが終わって服を着るように促した。


「……詳しくは言えないんですが」
「はい」
「凄く。凄く、疲れました」
「お疲れ様です」
「……本当はなまえさんの部屋に寄るつもりはなかったんです」


結構いい時間ですしね。
そう言われて時計に目を向ければ、すでに終電は終わっている時間だ。
車の音が聞こえなかったことから考えても安室さんが帰る手立ては迎えに来てもらうか徒歩しかない。
別にこのまま泊まっていったとしても構わないし、疲れ切った様子の安室さんをこのまま追い出すつもりもない。
ただそれをそのまま口に出せばきっとこの人はいつも通りの笑顔を貼りつけて、私の言葉にやんわりと断りの返事を返してそのまま出ていく。
なんとなくそうじゃないか、と思ったその光景が案外あっさりと脳裏に思い浮かんでしまったのでこのまま寝落ちでもしてしまえば楽でいいのに。
安室さんがぽつりぽつりと話すのを、私は時折相槌をうちながら静かに聞く。


「ただひと段落ついて、まだこれから後処理が残っていて。
日常に戻れるのはいつだろうって考えた時にふと貴方の顔が思い浮かんで」
「……ちゃんとご飯食べろって?」
「はは、そう言われるのが日常だと思うなら言われなくても食べるようにしてほしいですが」
「食べてるじゃないですか」
「一日三食バランスよく、ですよ?」
「努力してる最中です」
「それはそれは」


私の部屋に来てから、自分で気づいていたのかはわからないけれどずっと表情のなかった安室さんがようやく少しだけ笑ってくれた。
その事に内心ほっとしながらも、安室さんが少しずつ私の座っている方に傾き始めていることに気づく。
一人暮らしの部屋にあるソファだ。
あまり大きなものではないけれど、足をひじ掛けから飛び出させれば寝れなくもない。
邪魔だろうと立ち上がろうとした私だったがそれよりも私の膝の上に重い何かが乗っかる方が先だった。


「……安室さん、寝るならベッド貸しますよ」
「ここでいいです」
「じゃあせめて少しでも広く寝られるように退きますから」
「……嫌ですか?」
「まさか」


縋るような目で控えめに見上げられて、嫌だと言えるわけがなかった。
いわゆる膝枕という体勢で実は少し緊張していなくもないが、即答した私の言葉に安室さんが眠そうな目のまま嬉しそうに口元を綻ばせたので思わず両手で顔を覆う。
なんだこの世界一可愛い二十九歳男性は。
無言で悶える私を気にすることなく、そのまま眠りに入る安室さんを数分して落ち着いた私は見下ろしながら。


こんなに簡単に人に無防備な姿を見せていいのか潜入捜査官。


という疑問が浮かんだが、もう何も考えないぞ。
明日はきっと足が痺れて動けなくなっている自分が容易に想像できてしまったが、今現在毎日が夏休みといった状況である私なので問題はない。


「寝てると普段よりも更に幼く見えるなぁ……」


お疲れ様です、と再度声をかけてから私もそっと目を閉じた。