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降谷零の話をしよう。


私と降谷は高校の同級生で、一年生の頃席替えで隣同士の席になった時からの付き合いだ。
入学当初から成績優秀で運動神経抜群でおまけにイケメンで背が高くスタイルが良いと騒がれていた降谷零は、そこまで揃ってるならさすがに性格は悪いだろうと高を括っていた私に対してにこやかな笑顔で『これからよろしくな』と話しかけた。
性格まで悪くないとかどういうことなの。
早く二次元に帰るなり、勇者としての使命をあたえられて異世界から召喚されるなりすればいいのに。
そんなことを考えながら私も「こちらこそー」と軽い調子でへらっとした笑顔を返した。

うっかりくじ引きで隣同士になってしまった私に、クラス中どころか学年中の女生徒からは恨めしそうな目で見られたし後から聞いた話では私を校舎裏に呼び出す算段までしていたらしい。
計画していた張本人である、クラスの中心人物的存在の女子に笑いながら言われた言葉に私は嫌そうな声をあげた。
何故その計画が実行されなかったかと言えば、私があまりにもそういう意味で降谷に興味がなかったからである。
降谷の顔や成績よりもどちらかといえば降谷の今日のお弁当の中身の方が気になっていた私はいつの間にか学校中の女生徒たちから『みょうじなまえはナシだからセーフ』という不名誉ではあるもののありがたい評価を受けていたのであった。

降谷はあれだけの才能を与えられながら料理の才能もあるらしく、隣で弁当を食べていた降谷の弁当の中身を見てその彩やバランスの良さに驚いて思わず

「降谷のお母さん料理上手だね」

と言った私に、何でもない顔でさらりと

「いや、俺が作った」

と返されて変な声をあげてしまった。
因みに我が家は家族全員料理が下手で、今日も私は母親からきっかり500円を渡され購買でコロッケパンと紙パックのジュースを買っていた。
思わず降谷の弁当の中にある卵焼きを凝視すれば、呆れたような顔をしながらも自分の弁当箱の蓋に一つ乗せて「……食べるか?」と差し出してきたので降谷は良い人。
速攻で頷いて行儀が悪いことは承知で、指でつまんで食べれば今まで味わったことがない複雑で柔らかい味がした。

「……降谷って神様から料理の才能まで頂いてんの?
こんなに美味しい卵焼き初めて食べたんだけど」

「大げさなやつだな……。
これくらい誰でも作れるだろ」

「うちの家族が卵料理を作ると破裂するから降谷は謝ってほしい」

勿論、私含めて。
そう言いながら顔を両手で覆う私の勢いに押されたように「そ……そうか、それは悪かったな」と素直に謝罪してきた降谷はそれ以来弁当を少し多めに作ってきては私に分けてくれた。
やっぱり二次元に帰ったり異世界に召喚されたりせず将来近所でお店を開いてほしい。
真顔でそう言う私に将来は警察官になるのだと一刀両断され泣き崩れたのは今でも覚えている。


それから二年生、三年生と学年が上がっても何故か降谷は同じクラスだった。
これもあとから同窓会で先生から聞いた話だが、降谷の隣の席になる女生徒は降谷のことが気になりすぎて成績を落としたり授業中にも関わらず話しかけて授業妨害をすることが多かったのでそういった心配がない私を同じクラスにするようにしていたそうだ。
どうりで隣の席になる確率が高いわけだ。
そんな降谷だが、卒業と同時に縁が切れるだろうと思っていた私の予想を大いに裏切り卒業式から二日後に「折角卒業したんだから出かけないか」とメールが来た。
ちなみに私は降谷にメールも電話も教えたことがない。
ないのに気がつけば当たり前のように知っていたし、住所を教えたこともないのにやはり当たり前のように家まで迎えに来た。
おまわりさんこいつです。
ここまでくると流石に男女間の甘い雰囲気を想像されるけれど、私たちの間にそんなものはなかった。
そもそも出かけた先が映画館というところまでは良かったが甘ったるい恋愛映画ではなく銃撃戦と肉弾戦がウリのアクション映画だという時点でお察しだ。
ランチ?いいえ、お昼ご飯はラーメンです。
その後はゲームセンターに寄って帰る、という完全に男友達のノリである。
まあ降谷と今更そういう関係とかないない、と当時から思っていた私はむしろその扱いに満足していた。


さて、話は一気に飛んでそれから数年後。


警察官になったらしい降谷からは滅多に連絡がくることもなく、また会うこともなくなった。
あのハイスペックな男だ、まさか死んだということはないだろう。
それを裏付けるかのように時折一言だけ「元気か?」や「ちゃんと食べてるか?」というメールが来ることもあった。
まるで自分の生存報告のようなそのメールになんだかなぁ…と思わなくもなかったけれど、「元気だよ」「最近のコンビニ弁当の進化凄いよ」なんてどうでもいい内容を返す。
やり取りは大抵そこで終わりで、また数か月ほど経ってから一言だけ届くのだ。
降谷疲れてんのかな、と思いながらも未だに私の存在を忘れずにいてくれる友人を思えば邪険にすることも出来ず結果毎度そのメールに付き合っている。

降谷とそんなメールのやりとりをし始めて更に数年後。

卒業してしばらく以来の電話がかかってきた。
表示された『降谷 零』の名前に珍しいこともあるものだ、と思いながらも鳴りやまないコール音に恐る恐る通話ボタンを押す。

「……もしもし?」

「……みょうじ、か…?」

「自分から電話をかけてきておきながら聞かれても。
そうですよー、みょうじなまえですよー」

昔聞いた声とは違い、どこか疲れ切ったような降谷の声にどきっとした。
警察官っていうのはそんなにも大変な仕事なのか。
今までどうしてた?
元気?って毎回聞くけど降谷こそ元気なの?
色々と言いたいことも聞きたいことも沢山あったけど、


「……みょうじ」

「ん?」

「みょうじ、みょうじ、みょうじ、みょうじ、みょうじ、…………なまえ」

「え?どうしたの?なんかホラーみたいになってるけど」

「会いたい」


まるで縋るような掠れた降谷の声を聞いたらしょうがないなって思ってしまった。

迎えに行くからどこにいるんだと問い詰めた私にようやく居場所を吐いた降谷に私は慌てて指定された場所まで飛んでいった。
どうにか最短の距離と時間で降谷がいる場所まで行った私が見たものは、ところどころ包帯を巻いた降谷がまるで迷子の子供のように佇んでいる姿だった。
高そうなスーツを着ていて、近くにはやはり高そうな車があって。
それなのに降谷はちっとも幸せそうじゃなくて、私は飛びつくようにして降谷に駆け寄った。
足音で気づいていたらしい降谷は両手を広げて私を捕まえると、そのまま抱き込むように両手に力を込める。


「……なまえ、終わったんだ」

「うん」

「全部終わったんだ。
やっと、やっと」

「うん」

「でも、みんな死んだ。
あいつらみんな、スコッチだって……」

「……うん?」

「なあ、なまえ。
お前だけなんだ……生き残っていてくれてるのは、お前だけなんだよ」


震える声で言われた言葉は、きっと私に聞かせるためのものじゃない。
降谷の言う『あいつら』が誰なのか。
何故そこで酒の名前が出てきたのか。
私にはさっぱりわからなかった。
それでも一応空気を読むことは出来たので、俯いて顔がわからない降谷の頭をそっと撫でた。

「うん、よくわからないけど。
でも私は降谷が生きてまた私に会いに来てくれてよかったって思ってる。
降谷が生きてて、元気で、私も元気だし。
えーと、それじゃ駄目かな」

下手くそすぎる私の慰めの言葉に、さすがに怒られるかと思ったけれど。
小さく小さく、掠れた声で『駄目じゃない』と言った降谷の言葉に私はようやく肩の力を抜くことが出来たのだ。


そうして今。


私は降谷と一緒に住んでいる。
何がどうしてこうなった。