翔太くんと買い物
舞台終わり、お風呂に入って化粧を落とした私の元へズカズカと歩み寄ってくるのはいつも翔太くんだった。
渡辺「おい。化粧水塗ったか?」
「ごめん。まだ」
つい癖で化粧水よりも先にスマホを手に取ってしまう私を翔太くんは放っておいてくれない。
渡辺「今すぐつけろ、つーかこっち向け」
ぐるんと椅子を回されたかと思えば、コットンと化粧水を構えた翔太くんが正面に来る。
渡辺「お前、スキンケア舐めてんだろ? 1分1秒も無駄にできねえって、何回言ったら分かんだよ」
「う……、ごめんなさい……」
ひたひたのコットンが頬に触れる。ちょっと冷たくて背筋が伸びたけど、でも慣れると凄く気持ちいい。
深澤「珍しい。翔太が奏多のお母さんしてる」
渡辺「コイツ言っても言ってもやんねえから」
「ついつい二の次になっちゃうんだよね」
渡辺「まじスキンケア怠る奴は将来泣くぞ」
「気をつけまーす」
ちゃっかり乳液も塗ってくれて保湿までしてくれる翔太くん。至れり尽くせりなのは有難いし、何故か私の肌を気遣ってくれるのは正直言って面白い。まあ、翔太くんのおかげでもちもちな肌をキープできているわけで、その点に関しては感謝しかないんだけど。
『明日暇だろ、買い物行くぞ』
そんな連絡が来たのは劇場から自宅へ帰るまでの道中、電車の中でのことだった。
明日は休演日だから暇は暇だけど、なんで翔太くんが私なんかと買い物に? と疑問は募る一方だ。とりあえず『了解』とだけ返せば、少しして待ち合わせ時間と場所が送られてきた。……なんだろう、ちょっとだけドキドキして、ちょっとだけわくわくしてる。2人で出かけるなんてあんまりしたことないかも。
***
翌日、待ち合わせ場所に早く着いた私と予定より5分遅れてやって来た翔太くんは2人でショッピングモールへと向かった。そして彼は足早にあるお店へと向かう。
渡辺「お前、化粧水何使ってんの」
「え? えーと、ドラッグストアの安いやつ。もうすぐなくなりそうだけど」
渡辺「んじゃ次これにしろ。じゃばじゃば使えるから」
迷いなく化粧水や乳液を買っていく翔太くん。しかも自分のお金で。私には一切、財布すら出させてくれない。
渡辺「次行くぞ」
荷物を持って颯爽と歩く彼に翻弄される。え、本当に何しに来たの? 次に立ち寄った店もコスメだったりスキンケア用品が多いお店で。
渡辺「風呂上がったら絶対塗れ」
「え、これ何?」
渡辺「美容液。これ塗ってから化粧水と乳液で閉じ込めんの」
「へえ」
渡辺「絶対忘れんなよ、いいか絶対だかんな」
「……ハイ」
なんでそこまで、って思ったけどお金出してもらってる以上何も言えなくて、ただじっと翔太くんを見てしまう。
渡辺「何見てんの」
「え、あ、あー……、なんか翔太くん真剣だなあって思って」
渡辺「お前が無頓着すぎっからだろ」
「はい、すみません」
渡辺「次行くぞ次」
そう言って翔太くんが向かった先はさっきまでのコスメ店とは打って変わってブランドのバッグやらが並ぶお店で。彼は一直線にある棚へと歩を進めた。
渡辺「こっちとこっち、お前どっちが好き」
手渡されたのは香水のテスターで。わけも分からないまま匂いを嗅がされた。
「……どっちも好きだけど強いて言うならこっちかな」
そう呟けば、翔太くんはすぐに店員さんを呼んでその香水を買っていた。
「え、待って翔太くん」
渡辺「何?」
「いや、なんで?」
渡辺「……お前もうすぐ誕生日だろ」
「え?」
言われてみれば。バタバタと忙しない日常の中ですっかり忘れていたけど。
渡辺「ん」
「翔太くんって……意外と優しいよね」
渡辺「意外とは余計だっつーの」
「ふふ。ありがとね。大切にする」
渡辺「おう」
2人でスタバに寄って帰ったら、翌日目撃情報が流されてて、お互い顔を見合わせて笑った。
後から思い起こせば、急激にではないけれど少しずつお互いの衝突が減っていったのもこの頃くらいからだったと思う。