やわい君の香り

「おはよう」
ラウール「おはよ!」

1ヶ月ぶりかな、名前ちゃんと会うの。最初の2週間くらい、名前ちゃんが仕事でいなくて、後の2週間は俺が仕事でなかなか学校に行けなかったから。ロケでちょっと遠出してたんだよね……。なんかしばらく見ないうちに名前ちゃんはどんどん大人になってる気がして、置いていかれてるんじゃないかって不安になる。それでも、いつもの柔らかい笑顔にきゅんとして、また一方的な気持ちばっかりか膨れ上がっていく。

「ラウールくん、今日放課後、ちょっとだけ時間ある?」

彼女がそんなお誘いをしてきたのは2時限目が終わった休み時間のことだった。内緒話をするみたいに耳を寄せてきて、それだけで胸が苦しくなった。好きだな……。
てかね、好きってすごい。こんな些細なことでも嬉しくなるの。初めての感情だから、少しだけ戸惑いもあるけど、でも楽しいとか幸せが勝ってる。

……でも今は違う。
放課後になって、驚くくらいドキドキが止まらなくて困ってる。何言われるんだろ。どうしたんだろ。いろんなこと考えるけど答えは出なくて、変に緊張もしてる。

「ごめんね、忙しいのに」
ラウール「ううん。今日このまま帰るだけだから」
「そっか、良かった」
ラウール「何かあった?」
「あ、えっとね……。ちょっと、相談したいこと、あって」
ラウール「相談?」
「……なんていうか、その、恋? の、相談? みたいな?」
ラウール「えっ」

どうしよう。名前ちゃん、好きな人いたんだ。内心戸惑ってる俺を置いて、彼女は言葉を続けた。

「仕事忙しいときも、ちょっと休憩が入ると頭の中でその人のこと思い出しちゃうの。もしかしてこれって恋なのかなって。こんなことお兄ちゃんにも相談できないから、ラウールくんに聞いてもらいたくて」
ラウール「……その人、どんな人?」

あ、待って。なんでこんなこと聞いてるの。やだやだ知りたくない。でも知っておきたい。頭の中で矛盾が生じてて苦しい。

「かっこいい人。スタイルもいいし、優しいし、頭も良いよ。……ちょっとシャイなところも可愛くて」
ラウール「……も、もういいよ。凄く素敵な人ってこと、分かったし」
「だめ。最後まで聞いて?」
ラウール「……うぅ、はい」

好きな人のこと語ると止まらないってのはどんな子でも共通なのかな。顔も知らないその男のことを聞かされてどんどん気持ちが落ち込んでいく。

「笑い方も可愛くて、気付いたらつい目で追ってたりするの」
ラウール「へえ……」
「……それでね、その人は、私の隣の席の人、なんだ」
ラウール「えっ!?」

それってつまり、俺ってこと? だって、名前ちゃんの席、窓際で隣は俺だけだし。……自惚れてもいいの?

「好きです。ラウールくんのことが」
ラウール「好きです。名前ちゃんが」

言葉が重なる。そしてまた「えっ」とお互いの声が交わる。顔を見合わせてくすくす笑って、どちらともなく「両思いだね」なんて甘酸っぱい会話をして。
誰もいない教室で唇を重ねる。
彼女からは今日も甘いムスクの香りがした。