僕たちの春があったね

岩本「名前んちの御家族さんにもご挨拶しないとだね」
「そうだね。話しておくね」
岩本「北斗にも挨拶しないと」
「ふふ、お兄ちゃんどんな反応するかな」
岩本「意外ともう気付いてたりして」
「どうだろ。案外鈍いから」

明日運び出すものを整理しながら、二人でそんな会話をする。明日からは二人暮らし。同じ家に帰って来れる幸せに胸躍らせていると「あ、お兄ちゃん」と名前が呟いた。

岩本「何?」
「明日手伝いいる? って。引越しすることだけ話してたから」
岩本「手伝いはー……、大丈夫かな。メンバー来てくれるって言ってたし。でも北斗とは飯行きたいかも」
「聞いてみるね」
岩本「お願いします」

そう話した数分後には「いつでも大丈夫だって」と北斗から返事が来ていて、急遽その夜、店を予約した。


松村「ごめん、遅くなった……。え? 岩本くん?」
岩本「お疲れ、北斗。ごめん、急に呼び出して」
松村「いや、全然いいんすけど、え、何? 何?」

北斗が腰掛けるのを待って、名前と顔を見合わせる。そしたらなんか察したらしくて「えっ、もしかして、二人……えっ!?」って北斗の声が跳ねた。

岩本「名前さんとお付き合いさせていただいてます」
松村「いや、そんな畏まらないでくださいよ。え、そっか……そうかぁ……」
「何、そんなしみじみしちゃって」
松村「いや、名前が岩本くんのこと好きなんだろうなぁってのはなんとなく分かってたけど、まさか両思いで付き合ってたなんてのは想像してなくてちょっと意外……」
「お兄ちゃん。まだ驚くことあるよ」

いたずらっ子みたいに笑って彼女は左手を北斗に見せた。つられて俺も左手を出す。

「プロポーズされました」
松村「え!? は!? えぇ!?」
岩本「事後報告でごめん。改めてになるけど、名前さんを俺にください。一生、大切にします」
松村「うわ、俺これ言われる立場になると思ってなかった。心の準備できてない。待って」

お冷を飲んでふうと一息つく北斗。でもすぐに「うわー、まじかぁー」と頭を抱えてた。
「俺じゃダメだった?」なんて冗談混じりで聞けば「いやむしろ名前でいいのかって感じで……」と返ってきた。

「ちょっと。ひどい」
岩本「名前だからいいの。名前だから、好きになったし一生そばに居たいって思ったんだよね」

我ながらくさい事言ってるなと自嘲気味な笑みが漏れた。でも限りなく本心に近い言葉が他に浮かばなかったんだから仕方ない。北斗はテーブルに頭がつく勢いで頭を下げて「妹のこと、よろしくお願いします」と呟いた。


帰り道、車を走らせてると「少しだけ寄り道したい」と彼女が言葉を洩らした。行先は、俺らが初めてふたりで出掛けた海。

「ひーくん、あのね」

凛とした鈴みたいな声が俺に語り掛ける。

「ずっと言ってなかったんだけど、私、ひーくんと初めて海に来た日に、ひーくんのこと好きだなぁって思ったんだ」
岩本「俺は初めて出会った時」
「ふふ、早いね」
岩本「一目惚れだったからね」
「嬉しい。前に、お兄ちゃんとの話、したよね?」
岩本「あー、うん」
「あんなことあったから、絶対ひーくんのこと好きになっちゃだめだと思ってた」

困り顔で笑う彼女の頬を撫でて「やだ」って小さなわがままを呟く。

「今はすっごい大好き」
岩本「ん」
「コンサートに呼んでもらった時もすごく嬉しくて、キラキラしてるひーくん、すごくかっこよかった。友達でもいいから、ずっとそばに居たいって思ったの。……だから、この海でひーくんに告白されたとき、もう死んでもいいって思うくらい嬉しかったよ」
岩本「俺も。もうどうしようもなく名前のこと好きだった」

少しだけ昔話をして、誰もいないからとこっそりキスをして、車へと戻る。家に着くまでずっと彼女の右手と俺の左手を繋いだまま。絡めた指の先にはきっと見えない赤い糸が絡まり合ってて、二度と解けないようになってると願って。