関西育ちのおとなりさん

ジリジリと太陽が照りつける日曜日。マンションの前に止まった1台のトラックから降りてきた男性は幾度となくマンションとトラックとを往復していた。
こんな日の昼間から引越しかぁ、大変だ。煙草片手に高みの見物を決め込んでいると、隣の部屋からバタバタと駆け回る音が聞こえた。ああ、引越して来たのって隣の人なんだ。せっかく角部屋隣人なしの生活を謳歌してたのにそれも今日で終わりだ。


***


「あ、どーも」
「……え? あ、どーも」

1日を締めくくる前に一服しとこうかなとベランダへ出るとお隣さんがいた。後から来たのに無視するのも何だか気が悪いと思って軽く挨拶だけすると、少し遅れて返事が返ってきた。洗濯物取り込んでるところに煙草はまずいか。出直そう。

「あ、えっと、お隣さんですよね」
「……え、あ、はい」

今度は私の返事が遅れた。自分から話しかけといてなんだけど、まさか話しかけられるなんて思ってなかったから。

「俺、こないだ引っ越してきた向井康二って言います」

小さく頭を下げる彼に私も軽く会釈して「苗字です」と返した。

「ほんまは、引越しそばみたいなんとか、あった方がええんかなって思ったん、です、けど……、今、あんまそーゆーの、やらんって聞いたから、何も用意してなくて」

洗濯物を持ったまま申し訳なさそうな顔をする姿はまるで子犬。しゅんと垂れ下がったみみとしっぽまで見えそうだ。

「気にしないでください。そば苦手だし」
「そーなんですか?」
「はい」

会話終了。特に話すこともなく、彼は部屋に戻っていった。これでやっと煙草が吸える。お隣さんちとは反対方向に煙を吐き出し夜空を見上げた。東京の空を見上げたって星なんて見えないけど。

「あの……あ、えっと、その、す、好きです」
「へ?」

声の主はお隣さんだった。急な告白にぽかんとしていると、彼は自分の発した言葉を遅れて理解したのか、真っ赤になってまた部屋へと戻って行った。

「……なんだったんだろう」
「……あ、苗字さん」

ひょこっと首だけ出して、私と目が合うと子犬みたいな顔をして「おやすみなさい」と呟いた。
……不覚にも今のは可愛かったと思った。煙草の煙と戯れながら、遠くを眺める。頭の中で何度もリピートされる「好きです」の言葉は布団に入っても消えなかった。ただ不思議とそれが不快だとはひとつも思わなくて、ただまた彼と会いたいと願ってしまった。
これが一目惚れだと気付くのはまだ少し先のことだ……。