刹那の君

阿部「目黒が選ぶ店ってどんなの? なんか俺緊張してきた」
目黒「どんなって、別に普通だよ。言ったらわりとなんでも出てくる店」
阿部「へぇ……、そんな店に俺と名前連れてってくれるんだ」

楽しそうにする阿部ちゃんを連れて店へ入る。俺らが個室に入ってから1時間が過ぎた頃、誰かの足音が聞こえた。
コンコンとドアをノックして、ひょこっと顔だけ入れて覗き込む感じ、阿部ちゃんの妹だなって思わず笑っちゃった。「遅くなりました……!」ってしゅんとしながら入ってくる彼女が可愛くて顔を綻ばせてると、向かいに座る阿部ちゃんが笑ってた。

阿部「名前、こっちどーぞ」
「ありがと、亮ちゃん」
阿部「何飲む?」
「え、じゃあ……烏龍茶にしようかな」
阿部「今日俺が送ってくからお酒飲んでもいいよ?」

意外と阿部ちゃんもちゃんとお兄ちゃんしてるんだなぁ。……意外は余計か。でもなんか、阿部ちゃんも、名前ちゃんも、それぞれと別々に仕事させてもらってるからこうして2人を一緒に見るのって初めて会った時以来かもしれない。

目黒「仲良いね」
「亮ちゃんが過保護なだけだよ」

阿部ちゃんが席を立ったタイミングでそんな言葉を投げかけた。彼女は柔らかく笑って頷いた。可愛い。好き。酒が入ってるせいもあってか、いつも以上にそんなことばかり考えてしまう。

目黒「……ねえ、あのさ」
「ん?」
目黒「俺、名前ちゃんのことが好き」
「……えっ」
目黒「たぶん一目惚れ」
「え、えっと、その、あの」
阿部「ただいまー」
「あ! お兄ちゃん! おかえり!」

凄く目が泳いでる名前ちゃん。ずっと阿部ちゃんのこと、亮ちゃんって呼んでたのに、動揺してなのかなんなのかお兄ちゃんって呼んでるし。

阿部「名前顔赤いよ? 大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫だから、気にしないで」

ぱたぱたと手で扇を作って仰ぎながら火照りを冷ましていた。その一挙手一投足を俺と阿部ちゃんがじっと見つめる。「見ないでよ」って恥ずかしそうに笑う彼女が愛おしくて、やっぱり好きだって何度も思った。


目黒「そろそろ帰ろっか」

タクシーを呼んでもらうよう店長にお願いすると「目黒くんと亮ちゃん、先に帰って」と名前ちゃんに言われた。

阿部「送ってくって言ったじゃん」
「大丈夫。私もちゃんとタクシーで帰るから」
阿部「だめ」
目黒「それなら名前ちゃんが先に出て」

店長にタクシー乗るとこまで見ててもらうから、と付け加えると困ったような顔をされた。でもすぐに「分かった」と首を縦に振ってくれた。

「目黒くん、今日はご馳走様でした。亮ちゃんも、凄く楽しかった」
阿部「ん、俺も」
目黒「俺も楽しかったよ。気をつけて帰ってね」

阿部ちゃんが名前ちゃんの頭をぽんぽんと撫でている横でただ微笑むだけの俺。本当は俺も頭撫でたり、家まで送り届けたりしたいんだけど。そこは阿部ちゃんになまだ敵わない。


阿部「目黒さ、名前に告白してたじゃん」
目黒「……え、聞いてたの」
阿部「聞こえたって言うか、まあ、聞いてた」
目黒「そっか。うん、俺名前ちゃんが好き」
阿部「わぁー……、俺が話振ったけど、どうしよ。俺、まだ心の準備出来てないや」
目黒「まだ名前ちゃんからも返事もらってないしね」

そう言って視線を外に移すと阿部ちゃんも「そうだね」と呟いて会話が途切れた。ラジオの音だけが遠慮なしに車内に鳴り響いていた。