泣き顔は、この一枚だけで十分

『電話、してもええかな』
『いいよ』

自分で言っといて緊張してきた。意を決して掛ける。

向井「もしもし」
「もしもし。こんばんは」
向井「こんばんは……! あの、あんな、あの……」
「何?」
向井「今日、その、俺のこと、康二くんって、呼んでくれたやんか」
「うん」
向井「……俺も、名前ちゃんって、呼んでもいい?」
「康二くん変わってますね。別に許可とかいらないのに」
向井「じゃあ、じゃあ名前ちゃんって呼ぶ! 呼ぶからな!」
「ご自由に」
向井「つれへんなぁ。……今日、会えたの、むっちゃ嬉しかった」
「そう? 良かった」
向井「なかなか会えんの分かってるけど、あんな感じでええから、また教えてくれたら、嬉しい、です。もちろん、名前ちゃんが嫌な時は、無理にって言わんし、ただちょっと寂しいけど、同じとこで仕事してるって思えたら頑張れるし……!」
「……許容範囲ならそれでもいいけど、キャパオーバーならすぐ言ってね」

きっとこれは、過去の名前ちゃんに言い聞かせてるんだと思う。それで二人が壊れたのを知ってるから、だから、そう言ってくれとるんだと。……優しい子なんよ、本当に。

向井「……次会った時もぎゅってする」
「ん、いいですよ」
向井「……会いたい。あ、ごめん。急にこんなん重い?」
「別に。……私も康二くんに会いたくなったし」
向井「……今から家行ってもいい?」
「え、あ、うん」

少し驚いたようだったけど、うんって言ってくれたから、急いで車を走らせた。彼女のマンションからちょっと離れた駐車場に車を停めて歩く。早く会いたくてちょっとだけ駆け足になって、うるさいくらい胸がドキドキした。

「わ、本当に来た」
向井「……会いたなったんやもん」

とりあえず中に入れてもらって、ぎゅうって彼女を抱きしめる。好き。ほんまに。ちゅーしたい気持ちを一生懸命抑えて、彼女の髪を撫でた。

向井「好き……好きやわ、ほんと……」
「……康二くんって意外と行動力あるよね」

背中をぽんぽんってされて、ふにゃふにゃと顔が緩む俺。「お茶でも出すよ」と彼女が離れそうなのを、無理にぎゅうって離さんかった。

向井「お茶、いいから。もっとこうしてたい」
「甘えたがりやさんだね」

よしよしと慣れた手つきで彼女は俺の髪を撫でて、時折ぎゅっと抱きしめてくれる。心臓がばくばくして、止まらんの。……名前ちゃんは、同じ気持ち? それとも、俺に別の誰かを重ねてる?

「好き、かぁ」
向井「んー?」
「……分かんないや」
向井「俺のこと嫌?」
「嫌じゃないよ。嫌じゃないから……、分かんなくなる」

向き合って彼女の顔を見れば、少し困った顔をしとった。俺が、そうさせたんやって気付いたら、苦しくて、申し訳なくて、どうしたらええか分からんくて、たぶん俺も、困った顔しとったんやと思う。
何も言えなくて、ただぎゅうって抱きしめた。そしたら、名前ちゃんは、静かに泣き出した。

「……優しすぎるよ、康二くんは」
向井「……名前ちゃんやから、優しくしたいんよ」
「……それ、前も言ってたね」
向井「ん、俺も今そう思ってた」
「……康二くんを、好きになれたら、幸せだったんだろうなぁ」

ぽつりとこぼされた言葉は聞かんふりした方がええんかな。……よう分からん。ただ、ひとつ、分かったことがあるとするなら、まだ彼女は俺のこと好きじゃないんやなって。まだ、きっと、照にぃのこと、気にしとんのやなって。


次の日、目覚めたら俺らは同じベッドで身を寄せあっていた。……何もしとらんよ!? 泣きじゃくって疲れた彼女をベッドに運んで、ほんで、離れんかったから、俺も一緒に寝たってただそれだけ。

「……ん、まぶし」
向井「あ、おはようさん」
「……康二くん?」

ぽかんとした顔の名前ちゃんがふにゃと笑う。その瞳に魅入られて、また、キスしそうになった。だめやって思って視線を逸らすと「……こっち見てよ」って甘えた声出された。「キスしたなるから、だめ」って言ったら「じゃあ、仕方ないや」って俺の胸に頭を預けて二度寝する彼女。なんなん、この可愛い生き物。寝起きだけ? 甘えたがりやさんなのは俺だけやなくて、名前ちゃんもなんかなって、そんな一面を知れて、胸がきゅんって鳴った。