それから1ヶ月。名前から連絡はない。何してるのかもよく知らなくて、ただじっと連絡を待っていた。
……もう、待つの、やめようかな。
仕事終わり、彼女の家へ足を運ぶ。部屋の前まで来て、急に心臓が煩くなった。手が震える。……でも、変わらないと、いけないと思った。変わりたいと、思った。
ピンポンと、震える指でチャイムを鳴らす。
数分、待っても彼女は出てこなかった。だてさんが来てたら、迷わず開けてくれたのかな。
「あれ? 阿部ちゃん?」
阿部「え、あ、名前……、今帰ってきたの?」
「うん。ちょっと、買い忘れしてて、スーパー行ってた。……何か用だった? あ、ごめん。今鍵開ける」
俺の前を通って鍵を開け「どうぞ?」と招き入れてくれた。……なんだ、元気そうじゃん。
阿部「今日、仕事だった?」
「うん。阿部ちゃんは? 休み?」
阿部「いや、俺も仕事で、終わってすぐ来た」
「へぇ、そうだったんだ。……あ、そういえば、何か用が、あったんだよね?」
阿部「あー、うん。ちょっと」
晩御飯の支度をしながら、彼女は言葉を続けた。「何だった?」って。そんな片手間で聞いてほしくないな。
阿部「あー……、忘れちゃった。後で思い出したら言うわ」
「え、珍しいね。あ、ご飯阿部ちゃんの分も作っちゃったけと大丈夫だった?」
阿部「うん。ありがとう」
名前が作ったオムライス。お米の一粒まで残さず食べて、片付けを手伝う。
阿部「……あのさ、最近、なんで連絡くれなかったの?」
「え……?」
阿部「いつも来てたのに、最近音沙汰ないから心配した」
「……ごめん。何、話していいか、分かんなくて」
阿部「そっか。ううん、こっちこそごめん」
名前が洗った食器を俺が拭いてを繰り返して片付け終了。さすがにもう帰らなきゃいけないかなって思いつつも、帰りたくなくて後ろから彼女に抱きついた。
「阿部ちゃん……?」
阿部「1個、聞いてもいい?」
「……何?」
阿部「なんで、俺の気持ち、聞かなかったことにしたの」
ぽつりと零れた本音。名前は固まったまま、何も話してくれない。
阿部「……俺、本気だよ。本気で名前のことが好き。でも、あの時は、友達って関係を壊したくなかった。友達の体を装ってれば、名前と長く関わってられるから、名前の相談にも乗ったし、だてさんとのことも協力した」
「……ん」
阿部「ずっと……、だてさんじゃなくて、俺にすればいいのにって思ってたよ」
言ってしまった。でも後悔はない。だって本当のことだから。俺は名前が好き。恋愛感情が爽やかなものだけで構成されてるわけじゃないのは、きっと名前だって分かってるよね。
「……なんで、そんなこと言うの」
阿部「ごめん」
「……阿部ちゃんは、私の恋、叶わないって思ってた?」
何も言えなかった。
「涼太くんがね、もっと良い人がいるよって言ってたの、きっと、阿部ちゃんのことなのかなって……」
ぽつりと零した言葉に「えっ」と声を洩らす。「でもね」と彼女が言葉を続けた。
「……怖かった」
阿部「え?」
「……阿部ちゃんは、ずっと、傍にいてくれたから。何かあって、離れていくのが、怖かった。だから、あの日のことも、聞かなかったことにして、友達、続けたいって、思ってた。ずるいね、私」
ぽつりと零れた涙がシンクに落ちて鈍い音を立てる。「こっち向いて」とお願いしても、首を横に振るばかりの彼女に顔を寄せる。
阿部「じゃあ、このままでいいから聞いて。……ずるくても、何でもいいよ。俺は名前のこと、嫌いになったり離れたりしないから。だからもっと、ずるくなって」
抱きしめる手に力を込めれば「阿部ちゃん……」と不安げな声が彼女から洩れる。
阿部「好きです。俺と、付き合ってください」
一番ずるいのは俺かもしれない。彼女の弱みに漬け込んで、自分だけ美味しい思いをしようとしてるんだから。
俺の腕の中で、小さく首を縦に振る彼女を見下ろしながら、そんなことを思った。