愛ある悲しみ

ちょっと強引に彼女を手に入れてから1週間。仕事でバタついて、なかなか会えないままの日々が続いた。でもそれも今日で一段落。『家行っていい?』って断りを入れてから、彼女の家へと向かう。

「あ、いらっしゃい」
阿部「会いたかった……」

ぎゅうって抱きしめると「恥ずかしい」って照れ笑いを浮かべる彼女。名前から抱きしめてくれることはなくて、些細なことなのに凄く切なくなった。

阿部「キス、していい?」
「……ん」

目を瞑り、唇を寄せる。

「ごめん、やっぱだめ」

俺の唇は彼女の唇とは違う感触の何かに触れた。口の前に持ってきた彼女の手が俺の唇をガードした。そこまでは許してくれない、と。仕方ないか。

「……ごめんね」

見れば彼女はぼろぼろと泣き出していて、俺は慌てて彼女から離れた。

阿部「ごめん! もうしないから、泣かないで」
「……ごめん、ごめん。阿部ちゃん、を、好きに、なりたいけど、忘れられない。まだ、私、涼太くんのことが好き……」

しゃくり上げるようにして呟かれた言葉にずきりと胸が痛む。知ってた、そんなこと。ずっと前から空元気だってことも。謝らなきゃいけないのは俺の方だ。

「……こんな気持ちで、阿部ちゃんと、いるのも、苦しい。でも、阿部ちゃんがいなくなるのは、やだ」

彼女をソファに座らせて、落ち着くようにと甘めのココアを作って出す。俺は床に正座して、彼女が落ち着くまでじっと待った。

「……こんなめんどくさいやつ、嫌いになってもいいんだよ?」
阿部「それが出来てたらもうとっくにしてるよ」
「……それもそっか」
阿部「だてさんの彼女、どんな人か聞いた?」
「……強がりで、泣き虫さん。……それに、おかしなくらい真っ直ぐな子だっけ」
阿部「そう。それが俺の中では名前だったの」
「……どういうこと?」
阿部「その話聞いた時に、真っ先に名前の顔が浮かんだ。だから、なんで名前じゃだめだったんだろうって思ったよ。……でも、そんな名前の姿、だてさんは知らなかったんだって」
「……うん?」

彼女の頭には沢山のはてなが浮かんでた。良かった、もう泣いてない。

阿部「俺は、名前がだてさんに振られる度泣いてたの知ってたし、一途にだてさんのこと想ってるのも知ってた。だけと、名前はだてさんの前で泣くことはなかったんでしょ。強がってることも、気付かせないくらい、頑張ってたんでしょ。……俺だけが知ってる名前なのかなって、ちょっと自惚れたことを思うくらい、近くで見守ってたつもりなんですけど……?」
「そう、なのかな……」
阿部「他にも誰かいた?」
「……ううん。誰もいない」
阿部「良かった」

……良くはないのかな? でも俺的には良かった。だって、名前がそういう姿を俺にだけ見せてくれたおかげて、俺は名前を好きになれたから。

「……阿部ちゃんが、凄いのは分かった」
阿部「どういう意味?」
「……よく分かんないけど、なんとなく」
阿部「分かんないんかい」

どちらともなく顔を見合わせて笑った。俺の作ったココアはもうすっかりぬるくなっていた。

「甘い」
阿部「甘めに作ったからね」
「……阿部ちゃんみたい」
阿部「え?」
「阿部ちゃんは、いつも甘くて、優しいから。だから、安心して、涼太くんにぶつかれたのかな。泣いて帰っても、阿部ちゃんが慰めてくれるって、心のどこかで思ってたのかもしれない」

くしゃりと笑う名前。「いい迷惑だったね」なんて話すから「そんなことないよ」って返した。

阿部「どんな形でも、名前が俺を頼ってくれるのは嬉しかったからね」
「……そう、なんだ」
阿部「うん」
「……ありがとう」
阿部「どういたしまして」