ジャックの恋物語

田中「どったの、浮かない顔して」
森本「仕事やらかした?」
渡辺「ん、いや、まあ」

歯切れの悪い返事を返しながら、かき消すように酒を煽る。特に樹の顔なんか見てらんなくて、慎太郎の方ばっかり見るようになった。

森本「そういえば、最近名前何してる?」
田中「んや、別に。普通に仕事してっけど」

名前の名前が出てどきりとした。気付いたらもう何杯目になるかも分かんなくなってて、段々瞼も重くなってきた。


次に目を覚ました時にいたのは樹んちで。ソファで寝る俺の傍らには名前が眠っていた。

渡辺「……なんでいんの」

聞いても答えない。そりゃそうだよな。寝てんだもん。そしたら風呂場から樹がやってきて「あ、しょっぴー起きたんだ」って軽い口調で言われた。

渡辺「おう」
田中「あ、名前寝てんじゃん。しょうがねえなぁ」

樹は名前をひょいと抱えてベッドへと連れていった。彼女だけ寝かせて、樹は戻ってきた。

田中「……さっき、名前が、寝言でしょっぴーの名前呼んでたんだけど」
渡辺「え?!」
田中「そんな仲良かったっけ」
渡辺「……いや」
田中「なんか隠してんでしょ」

真っ直ぐに俺のこと見つめて、俺の言葉を待つ樹。「言えよ」って念押されて、小さく口を開いた。

渡辺「名前と、寝た……」
田中「は!?」

不意に、胸ぐらを掴まれて押し倒されて「どういうことだよ」って、いつもの何倍も圧がかかる声音で聞かれて、全部白状した。

渡辺「……前に、慎太郎と3人で飲んだ時に、名前が来たことあったじゃん。そんときに、お前がコンビニ行ってる隙に、名前と、LINE交換した。んで、連絡取り合ってて、こないだ、家に呼んだ。……んで、そんときに、抱いた。酒飲んでて、記憶曖昧だけど」
田中「……酒の勢いで、俺の妹に手出してんじゃねえよ」

静かで、でも怒りを孕んだ声に、酷く申し訳なさを感じた。殴られるかと思って目を瞑れば「樹」と凛とした声が響いた。

「……何してんの」
田中「お前は黙ってろ」
「黙ってられるわけないじゃん。何してんのって言ってんの」
田中「たとえ仲良い先輩でも、一発くらい殴んないと気済まねえんだって」
「……なんで?」
田中「は? お前奪われたからに決まってんだろ。酒の席で、勢いで手出しといて、どうせそのまま放置だったんだろ」

よく分かってんな、こいつ。殴られそうな時にその相手に感心するなんて訳わかんないけど、やけに冷静な自分がいて、俯瞰で、殴られそうな自分を見てた。

「……あの日、誘ったの、私だよ」
田中「は?」
「だから、私が、誘ったの。翔太くんが、好きだから」
渡辺「えっ」
田中「……それ、ほんと?」
「ほんとだよ。だから、翔太くんのこと離して」

ぱっと樹の手が離れて解放される。それぞれに座り直して、互いの顔を見合わせて、言葉を探した。

「……なんで自分の気持ち、最初に言うのが樹になっちゃうのかなぁ」
田中「いいじゃん、別に」
「よくない、ばか」
田中「ばかって言うな、ばか」

そう言って樹は外へ出てってしまった。

「……ほんと、樹のばか」
渡辺「お前、さっきのまじ?」
「……翔太くんまで疑うの?」
渡辺「いや、その、なんつーか……現実味、なくて」
「……好きでもない男の家に、1人でのこのこ遊びに行って、襲われて、はいおしまいって、そんな柄じゃないよ、私。襲われてもいい覚悟があったから、翔太くんちに行ったんだよ」

くたりと目を三日月形に歪めて笑う彼女。そんなふうな女には見えなくて、でも、それくらい計算高くても仕方ないかと思ってしまう。

渡辺「てかまじでお前、俺のこと好きなの?」
「ここまで言ってんのに、なんでわかんないの? 好きだって言ったじゃん」
渡辺「いや、なんか……」

言葉の続きは彼女に奪われた。あの日、唇を重ねたのは間違いなく俺の方だったのに、今度は彼女が俺の唇を塞いだ。

「翔太くんが好き。……私と、付き合ってください」

一瞬、言葉を失って、でもすぐに首を縦に振った。そしたら彼女はくしゃりと笑って「やったぁ」と呟いた。目が合って、手が触れて、どちらともなくキスをする。腹の奥に抱えた"好き"の2文字を全部、唇に乗せて。