けれどそれに私は触れない

「おはよう」
ラウール「あ、お、おはよ!」

昨日の今日で会えたことがなんだか嬉しくて、ハニレモの羽花みたいな返事になった。これが普通の学生なら、毎日会えることがほとんど当たり前なんだろうけどね。僕らは急に仕事が入ることもあるから、そこはちょっと普通の学生とは違うかも。

教師「来週から期末テストが始まります。皆さんちゃんと勉強して備えてくださいね」

もうそんな時期かぁ。……今日仕事ないし、図書室で勉強してから帰ろうかな。
ちらりと隣の彼女に視線を向ける。名前ちゃんもテスト勉強するかな。するよね……? 1人でする方が効率良いって思ってるタイプかな? それとも友達とする約束とかしてるかな? 誘いたいけど、勇気が出なくて。彼女にバレないようこっそり彼女の姿を盗み見ることしかできない。

「どうかした?」

やばい。バレてた。

ラウール「あ、えっと……」
「うん?」
ラウール「な、んでもない」
「そっか。……今日の放課後ってお仕事?」
ラウール「ううん。休み」
「そうなんだ……! じゃあ、もしよかったら、一緒にテスト勉強、しない?」
ラウール「えっ!?」

名前ちゃんから誘ってくれるなんて! 考えてもいなかったからうるさいくらい心臓が跳ねた。

「……あ、嫌だったら」
ラウール「全然! 嫌じゃない!」
「ほんと? 良かったぁ」

ふにゃりと笑いかけられると、胸がぎゅっと締め付けられた。忙しいね、俺の心臓。でもそのくらい、彼女の一挙一動にきゅんってしちゃうんだ。こんなの、誰にも相談できないや。唯一、相談出来る相手ってめめなのに、相手が名前ちゃんだからさすがにめめには言いにくいし。どーしよ……。

悶々と考えているうちに授業は終わって、あっという間に放課後を迎える。今日の授業、全然聞けてなかったかも。

「どこでする?」
ラウール「あー、じゃあここで。人少ないし」
「ん、じゃあ机、そっち向けてもいい?」
ラウール「うん。俺もそっち向ける」

お互いの机をくっつけて向かい合わせにして。それだけでなんだか緊張して、頭の中のもう一人の自分が笑ってた。

「……ラウールくん、英語得意?」
ラウール「え? うーん、どうだろ」
「ここってなんでこの助動詞入るかって分かったりする?」
ラウール「あ、それなら分かる! ここはね……」

身を乗り出して、彼女がにらめっこする教科書を俺も見つめる。ひと通り説明すると、名前ちゃんはぱっと顔を明るくさせて「なるほど! 分かった!」と笑った。
僕も顔を上げると、お互いの顔が凄く近くてすぐに身を引いた。……あんな距離で話すると、匂いも分かっちゃうんだ。彼女からは甘いムスクの香りがして、それがひどく胸を打った。
やばい、顔熱い。ちらと彼女を覗けば、彼女も照れくさそうに笑っていて、耳まで真っ赤にしてた。

ラウール「可愛い……」
「え?」
ラウール「あ、ごめん! 忘れて」

ついこぼしてしまった本音。真っ赤な顔を教科書で壁を作って「勉強の、続き、しよ!」って呟いて。


「終わったー!」
ラウール「お疲れ。もう完璧?」
「ふふ、どうだろ。でもラウールくんのおかげでいつもよりいい点取れそう!」
ラウール「ほんとに?」
「うん!」

満面の笑みを向ける彼女。下校時刻を示すチャイムが鳴って「そろそろ帰ろっか」って言葉をかけられて。

ラウール「送ってく」

もっと一緒にいたいって下心。名前ちゃん気付いてるかな……? 「ありがとう!」って微笑まれた。その顔が可愛すぎて直視出来なかったなんて、恥ずかしくて言えそうにもない。

彼女の隣を歩きながら、学校の近くで電車に乗って、彼女の最寄り駅から家までを二人で歩く。何気ないことなんだけど、初めてのことだからすごく緊張した。一歩、また一歩と足を進める度に、当たり前だけど彼女の家が近付くのが寂しくて、わざと少しだけ歩く歩幅を小さくしてゆっくり歩いた。

ラウール「……あ、あのさ」
「ん?」
ラウール「……テスト、終わったらさ」
「うん」
ラウール「どっか、遊びに行かない?」
「わぁっ、いいね! 楽しそう!」

くしゃくしゃと笑う名前ちゃんが可愛くて思わず僕の顔も綻ぶ。どこ行くか何も考えてないけど、でも、例えば映画とか、ちょっとデートみたいで、いいんじゃないかなって。……ふふ、デートだって。考えただけでちょっと照れくさいや。

「ラウールくんどこ行きたい?」
ラウール「俺はねー……、ふふ、どうしよ」
「まだ時間あるし、ゆっくり考えよ! ……あ、もう着いちゃった。ここなんだ、私んち」
ラウール「え、あー、そうなんだ」
「送ってくれてありがとうね」
ラウール「ううん。全然」
「気をつけて帰ってね!」
ラウール「うん」
「……遊び行くの、楽しみにしてるね」
ラウール「俺も」

お互いに笑いあって、そして言葉が途切れる。別れるのやだなぁって思ってるのが俺だけじゃなきゃいいな。

ラウール「また明日、学校でね」
「うん、またね」

前に名前ちゃんが言ってた言葉を今度は俺が言う。踵を返して歩き出す俺。一向に玄関へ入っていく様子のない彼女。時々振り返って手を振ったらぱっと明るい笑顔を向けてくれて、それだけで胸が弾んだ。すごい現金でしょ。でも仕方ないの。恋ってそういうものでしょ?