その声で呼ぶのは俺の名前であって
「明日会社の飲み会で帰り遅くなると思う」
「そうなん。まあ金曜やし、飲みすぎんようにな」
そんな会話をしたのが昨日。そして迎えた今日。独りで食べる晩飯にもの寂しさを感じながら、衣都ちゃんの帰りを今か今かと待ちわびた。でも彼女は日付が変わってもなかなか帰ってはこんかった。
しばらくしてガチャガチャと家の鍵を開ける音がした。こんな時間まで飲んでたらけっこう酔っとるんじゃないかと思って玄関まで向かったら知らない男の人が「えっ」と声を洩らした。傍らにはひどく泥酔した衣都ちゃんがいた。
「え、本当にここ衣都んちで合ってる? ちょ、衣都。起きて」
「んぅ……」
「あ、合うてます。ルームシェア、してるんで」
「あ、あー! そうなんだ。いやあ、こないだ彼氏と別れたって聞いたから、そっかそっか。んじゃ、あとお願いしても大丈夫ですか?」
「あ、はい」
衣都ちゃんの先輩とかなんかな。スーツに身を包んだ彼は抱いていた彼女の腰から手を離した。抱きつくように衣都ちゃんが俺の首に手をまわす。アルコールの匂いと衣都ちゃんの甘い香水の匂いがダイレクトに押し寄せてきた。俺には刺激が強すぎるって。
「ふかさんかえるのぉ?」
「帰るよー。おやすみ」
ふかさんと呼ばれた彼は衣都ちゃんの頭をぽんぽんと撫でて帰っていった。残された俺たち、いや俺は衣都ちゃんを抱き上げてリビングへと戻った。ソファに彼女を寝かして水を用意して飲ませる。言葉にすんのは難しいけど、黒いモヤモヤみたいなんが胸ん中を掌握してるような嫌な感じに襲われた。
「ふかさぁん……、あぃがと……」
俺、ふかさんちゃうで。康二やで。
勘違いするくらい、もしかして衣都ちゃんにとってさっきの人が特別なんかなと思ってしまう。そうやとしたら、このルームシェアが解消される日も遠くないかも、なんて。深いため息をこぼして彼女をベッドへと連れていった。
「おやすみ、衣都ちゃん」