13 庇うようにカーテンをとじる

 
 お気に入りのショートブーツが煉瓦柄のタイルの上を楽しそうに歩いていく。でも、楽しそうなのはブーツだけで、私のふくらはぎはすでに筋肉痛を訴え始めている。
 右肩にかけたショルダーバッグがだんだん重くなってきた頃、「キリがいいからそろそろ解散する?」なんてゆるい言葉を隣の人に投げかけてみると、「そうだなぁ」なんてヘリウムガスよりも薄っぺらい言葉が後ろから返ってきた。そこで会話は一旦終了し、お互いの視線は道沿いに並ぶセレクトショップのウィンドウにチラチラと逸らされる。
「……にしても今日はたくさん歩いたね。よく寝れそ〜」
「何ばあさんみたいなこと言ってんの。糸の荷物持ってあげてんのに」
 気まずい無言を埋めるために、内容は全然ないけど無言よりはマシになるあろう言葉を投げかけてみる。すると後ろの男は仰々しい様子で言葉を返し、肩にかかったショッピングバッグを見せびらかす。持ってくれだなんて頼んだわけでもなく勝手に持ってるだけなのになんか偉そう。めんどくさくなったので「じゃあ返してよ」と手を伸ばしてみると、「ほーい」とかなんとか言いながら大きな紙袋が二つ三つ手元に返ってきた。ええ、本当に返してくるんだ。まさか返してくるとは思わずに言った台詞だったので、やっぱり駅についてからもらおうかなって言い直そうとしたけど、そう返したらこの先もぐちぐち言われそうな気しかしなかったので、私は渋々それを受け取ってあげた。途端にずしりと肩が重くなる。私は何をこんなにたくさん買ったんだっけな。
「なぁ。今日買った服、次のデートで着てきてよ」
「えー?」
 紙袋の中身を頭の中に思い浮かべる。確かチェック柄のズボンとコーデュロイ地の羽織、ゆるりと着れるベージュのニットにビビッドグリーンのインナー、あとは何だったっけな。ピアスも新しいのを何個か買ったし、しばらくは買い物に来なくてもいいかも。一週間もしたら新しいのが欲しくなってるかもしれないけど、その時はその時だ。今欲しいものをすぐに買う。これはバイトでお金を稼いでるならではの特権だ。
 早く今日買った服を着て出かけたい。秋といえば食欲の秋とか、芸術の秋とか色々あるけど、私はただゆったり過ごしたい。庭で焼き芋なんて焼いちゃってさ、学校に行かずに時が止まって感じるくらいのスローライフを送りたい。
「……なあ、今日家に誰もいないんだけど……」
 そんな私の幻想は隣の男の下心で打ち砕かれた。さっきお開きにしようって流れになったのに何を言ってるの? 呆れて物も言えなくなる。家に誰もいないから、何。この人、会話にスピード感がないところがなんかいいなと思って付き合いはじめたんだけど、今は逆にそれがうっとうしいかも。
「……あーごめん、この後幼馴染と約束あってさ」
 これはウソ。約束なんてぜーんぜんしてない。ただこれ以上一緒にいるのがめんどくさいだけ。
「なんだ。前言ってたユーコちゃんだっけ」
「そ。だからそろそろ帰るね。買いたいもの買えたし」
「このままお別れなんてなんかさみしーな。明日は暇?」
「んー、まだわかんない。暇だったら連絡するよ」
 ひらひら〜と右手を振ると、目の前の男は満足そうに軽く手をあげる。三歳も年下の女にみっともない。なんか飽きちゃったな。
 付き合い初めの頃の先輩後輩の関係がいっちばん良かったんだけど、付き合ってからだんだんめんどくさく感じてきた。いちいち俺の彼女感出してくるし、私だっていつでも暇人なわけないのに会おう会おうってうるさいし。デート以外にもバイト先で会わなきゃいけないし。週五は確実に会ってるんじゃない? さすがに会いすぎでしょ。
 あーあ、一回ダメだな〜って思ったらもう一生ダメなタイプなんだよな私。そろそろ別れどきなのかもしれない。そう考えながら、私の足はまっすぐ幼馴染の家へと向かっていた。

 ◇

「じゃーん。みてみて、今日買った服」
 先ほど買ったばかりのワンピースを両手で広げ、すっかりオフモードの幼馴染にひらひらと見せびらかす。今日はボーダーの予定も何もなく、パジャマのまま家でゴロゴロしていたらしい。いつも忙しい友子がめずらしい。もっと早い時間から押しかければよかったかな、なんて少し後悔する。
「わ、可愛いじゃん! 糸細いから似合いそう」
「ありがとー。秋服って何でこんなに可愛いんだろうねえ。衝動買いしまくっちゃった」
 そう言いながらビニール袋に入った服をひとつひとつ開封していく。友子はそれを除きながら、レースがかわいいだの生地があったかそうだの、一つ一つにポジティブなコメントばかりしてくれる。やっぱり男の人にはこういう視点って全くないんだよね。やっぱり女同士だからこそ、こういう気持ちを共有できるっていうか。
 ビニールの残骸たちを丸めていたら、カバンの中からバイブ音らしきものが聞こえてきた。すぐに鳴り止まないこれはきっと電話。それとこんなに長時間かけてくる人なんてあいつくらいしかいない。
「……なんかすごい携帯なってるけど。出なくて大丈夫?」
「大丈夫。どうせタナカだし、今は友子と遊んでるんだもん」
 さっき別れたときに「今日は幼馴染と会う」って言ったばっかなのに覚えてないのかな。出られないに決まってんじゃん。せっかく友子といるのになんだかイライラしてきちゃった。いけないいけない。今日買った可愛い服を見て気持ちを入れ替えよう。
「……糸って人といるときはあんま携帯触らないよね。そういうところ律儀」
「そうー? タナカの前ではいつも触ってるよ」
「それくらい気を使わない仲ってことでしょ」
「タナカよりも友子の方が断然気を使わないけど」
「……うーん。気を使わないの種類が違うかもね」
「なんでさっきからタナカの肩持とうとするの? 別にいいのに」
「もー、彼氏のこともっと大切にしなさいよ」
「ぐえ」
 友子はきっとタナカのことを悪く言わないよう気をつけてるんだろう。そんな気遣い別にいいし。どうせタナカだし。そう思っても友子は「なんだかんだ仲良いでしょ」なんて笑うんだろう。別にいますぐ別れたっていいって思ってたりするんだけどね。それでも、タナカと別れようとしない私は中途半端で、周りの人の優しさに甘えてる赤ちゃんみたいなやつだ。
 今日買った服着てお出かけしたいな。そうやって呟くと、「そろそろ紅葉が見頃だってニュースで言ってたね」なんて友子が返す。「タナカさんと行ってこれば」という台詞が出てくる前に、私は友子と行きたいな、と呟く。すると友子は「私でいいの?」なんて言いながら笑ってくれた。

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